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記事全文を読む→【開催中】世界の藤田嗣治「猫の画家」展覧会でわかった「黒猫は描かれない」「ネズミを捕らない猫」
実際に猫を飼い、こうし猫のことを書いていると時々、猫のイベントなどの情報を教えてくれる知人や友人がいる。今回は朝日新聞の「天声人語」で書かれた情報だった。東京の府中市美術館で「フジタからはじまる猫の絵画史」という、猫の絵画の展覧会が開催されているということだった(12月7日まで)。
「フジタ」は「猫の画家」といわれる、世界的に活躍した藤田嗣治のことである。副題に「藤田嗣治と洋画家たちの猫」とあるから、藤田のほかに「猫の画家」といわれる猪熊弦一郎や熊谷守一、岸田劉生の絵などが展示されている。
藤田はもちろん、その他の画家たちの猫の絵の特徴は、いわゆるかわいい系の愛くるしいものではない。いろいろな表情である。例えば、丸メガネにおかっぱ頭の藤田の背中から猫が顔を出している、有名な「自画像」は、飼い主の顔色を窺いながら何かを要求している、わがままな猫の表情を捉えている。
翻って、我が家で飼っている3匹を彷彿させるのは、挿絵画集「猫の本」から「アタラとヘシオン」という一枚だ。2匹が向かい合って腕と足を交錯させ、仲よくスヤスヤ眠っている。我が家の長兄で9歳になるガトーといちばん下のそうせきは、よくこのポーズで折り重なって寝ている。
「猫」(1949年)のように、お腹を見せて無防備に眠っている一枚もある。どれもとにかく表情が豊かだ。
かわいい系が主流の中で意外にないのが、猫の表情を捉えたものだと常々、思っているから、「世界のフジタ」はさすがに物事の本質、物の見方が違う。眺めながらスーッと絵を受け入れることができるのだ。
そんな中で気付いたことがある。展示されている藤田の絵の猫には、我が家のそうせきのような黒猫がほとんど登場しないということだ。「猫二匹」(1924年)の1匹は黒猫ではなく、ハチワレと思われる。たが「猫の教室」(1949年)では十数匹も描かれているのに、黒猫は1匹もいない。十数匹が折り重なっている「猫」(1940年)には、黒猫と思わせるものが1匹だけいる。
図録には仏モンパルナスのアトリエで猫とくつろぐ藤田の写真が掲載されているが、サバトラ猫との解説がある。要するに藤田が描いたのは、サバトラやそれらに近い猫が多かったようだ。サバトラは明るいシルバーグレーをベースに、黒の模様が入っている。
展示作品を見てもうひとつ、気付いたことがある。それは朝倉文夫の彫刻「吊された猫」(2009年)と、池部鈞の絵「猫」(1949年)。どちらも首根っこを掴まれ、両後ろ足をダランと伸ばしている。猫以外は猫をつかんでいる人間の手や腕だけという、全く同じ構図である。館内の解説には、池部の作品は「朝倉の彫刻『吊された猫』を意識したものだろう」とあった。
これでわかるのは、ネズミを捕る猫か獲らない猫か、だ。首根っこをつかんで持ち上げた時、両後ろ足を地面と平行にピーンと伸ばす猫はネズミを捕り、両後ろ足をダランとさせる猫はネズミを捕らない。子供の頃、野良猫を飼うか飼わないか決める時に、ネズミを捕るか捕らないかで判断するためにやってみた。
つまり、朝倉と池部の作品に登場するのはいずれも「ネズミを捕らない猫」ということになる。
黒猫とネズミ捕り。2つの収穫があった猫の展覧会だった。
(峯田淳/コラムニスト)
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