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記事全文を読む→【悲劇の徳川史】パワハラ三昧の土佐藩家老に下された「家族全員が一生幽閉」されるという「一族根絶やしの刑罰」
野中兼山という土佐藩の家老がいる。死後、血縁者すべてが死に絶えるまで幽閉されるという悲劇を引き起こした人物だ。その父親の良明は、内助の功で有名な山内一豊の甥で、幡多郡中村2万9000石を約束された。
藩主ではないが、2万9000石といえば、ちょっとした城持ち大名以上。一関藩や福島藩と同じような収入ながら、一豊が死去し藩政は、一豊の弟である康豊が仕切ることになり、2万9000石の話は幻となった。これにキレた良明は藩を無断出国し、浪人になったという。
兼山が生まれたのはこの頃、元和元年(1615年)だ。本来ならセレブ一家で育つはずが、極貧環境に置かれることに。それでも13歳の時、父のいとこで土佐藩家老でもあった野中直継の娘・市の入り婿となり、やっと土佐に戻ると世に出る足がかりをつかみ、家老職を継ぐ。
以降30年、導入堰・用水路の建設、港湾の修築に功績を残したが、パワハラが過ぎた。土木事業に労働力として駆り出された農民たちの扱いにおいては、大便休憩以外は休ませず、労働を強要。農民たちは「大便に見せかける技」をこぞって編み出したという。
新田を開拓して定住したかに見えた農民はその労働を怖れるが、逃亡者が続出した。のちにそれが原因で寛文2年(1663年)、三代藩主・山内忠豊が土佐に帰国した時点で形勢が逆転。反兼山派のクーデターもあって辞職、同じ年に急逝してしまう。
その後も反兼山派は野中家を徹底的に叩き潰しにかかったというから、なんともすさまじい。所領、家禄、屋敷の没収および士分の剥奪だけではない。家族は現在の高知県宿毛市に幽閉され、男女ともに婚姻を禁じられ、子孫を作ることは許されなかった。ある意味、一族根絶やしという刑罰だ。
この真綿で首を絞めるがごとき残酷さは、京都の三条河原で一族郎党が殺害された豊臣秀吉の甥・秀次一族の悲劇に匹敵するだろう。
(道嶋慶)
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