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対照的なキャラがぶつかり、大熱狂を生んだ試合がある。2000年10月11日、横浜アリーナ。WBA世界ライト級タイトルマッチ、王者・畑山隆則VS挑戦者・坂本博之戦だ。
一撃必倒のパンチを持ち、男性ファンの絶大な支持を得た「平成のKOキング」坂本博之。幼少期に極貧生活を送った養護施設育ちの坂本は、拳一つで成り上がろうとボクサーを志した。強打を武器にKOの山を築き、日本王座、東洋太平洋王座を獲得したが世界王座には届かない。悲運の坂本にファンは世界王座を獲らせたいと願い、その後押しもあって4度目の世界王座挑戦が実現した。
対する畑山は、茶髪にサングラスとネックレス、派手なコスチュームに身を包み、試合前日にもかかわらず、バラエティー番組に出演して物議を醸す「平成のチャラ男」だ。当時、筆者の取材に畑山はこう嘆いた。
「僕、男の人に全然人気ないんですよ。同性から見ると軽そうに見えるから嫌われるのかな(苦笑)」
ただしそれは「ボクシングのイメージを変えたい」と、畑山が意図的に演出したものだった。
「昔のボクサーは何キロ減量したとか便所の水を飲みそうになったとか、苦労話ばかりするなっていう話ですよ。いつまでも古臭いのは流行らないから」
苦労人・坂本と、世界2階級制覇の畑山。ファンは思ったものだ。坂本が強打でチャラい畑山をマットに沈めて、悲願の世界王座を獲ってほしい─と。
だが、そんな思いとは裏腹に試合は畑山のペースで進む。坂本の強打をかいくぐり細かく連打。坂本が反撃に出れば軽やかなフットワークでかわす。畑山の好守の切り替えの速さに坂本はついていけず、徐々にダメージが蓄積していく。
第10R、畑山が左フックからの右ストレートを坂本のアゴに打ち込むと、坂本はゆっくりと後方に倒れ込み、そのまま試合終了のゴングを聞いた。プロ40戦目で初のKO負けだった。
この試合に関連して、現在もネット動画で何十万回と再生される名シーンが生まれた。試合前、畑山はTBSの密着カメラに向かってこんなことを話した。
「坂本選手は自分のアゴに自信がある。僕は自信がないんですよ。彼はパンチがある。僕はパンチがないんですよ。だから、僕が勝てるんですよ」
試合後、スタッフに真意を聞かれて畑山は答えた。
「僕はパンチがないんですよ。だから手数で勝負する。相手の打ち終わりを狙う。彼はアゴに自信があるから多少打たれても構わないと前に出てくる。僕はガードして手数を出す。だんだん弱って倒す」
激闘は視聴率22.5%(関東地区)を記録。年間最高試合に輝き、畑山は最優秀選手賞も受賞した。
畑山はこの後2戦して引退したが、「坂本選手との試合で燃え尽きていた」と言う。プロ初KO負けを喫した坂本は世界王座獲得へ再起したが、首、腰はボロボロ。6年後に「もう畑山戦のような前に出るボクシングはできない」と引退を決断した─。
茂田浩司(しげた・こうじ)/日本総研、「東京ウォーカー」を経て格闘技ライター。「棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか」等書籍編集や、美輪明宏、石破茂、岡田武史などの取材も手掛けた。
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