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記事全文を読む→週刊アサヒ芸能「創刊60年の騒然男女」スポーツ界「波乱のウラ舞台」<野球篇/悔恨インタビュー・近藤昭仁>元ロッテ監督が回顧する「18連敗の真実」
プロ野球史上ワーストの18連敗は、98年に千葉ロッテが記録した。26日間も勝ち星に見放されたドロ沼の戦況を、当時の指揮官である近藤昭仁氏(78)に振り返ってもらった。
近藤 クローザーの河本がね、その年のオープン戦終盤に打球が直撃して、後遺症が残ったんですよ。成本も故障離脱していたんで、この時点で抑え投手がいなくなったんです。江尻(当時の編成部長)がアメリカから選手を獲ってくると言ったんだけど、戦力にならなかったし、すでに前年から伊良部(96年12勝)、ヒルマン(96年14勝)も抜けていて、まともに投げられる先発は小宮山と黒木くらいしかいなかった。
──途中、その黒木知宏を救援に配置換えするなど、起死回生を狙ったが?
近藤 他にいないんだから‥‥。当時の黒木はボールに力があって本当によく投げてくれたと思いますよ。
──その黒木を先発に再転向させ、敗れたオリックス戦がプロ野球新記録の17連敗となった。
近藤 9回二死まで勝ってたんだよね? まさか、あんなのに打たれるとは‥‥。
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「あんなの」とは、同年、本塁打18で、助っ人と呼ぶにはもの足らなかったプリアム。あと1アウトで連敗脱出の場面で同点2ランを食らった黒木はマウンドに崩れ落ち、延長戦で敗れた。
長い連敗中、神頼みもして、すがるもの全てにすがった。巨人コーチ時代に仕えた藤田元司氏からもらった水晶の数珠をつけてベンチ入りしたこともあれば、大阪府箕面市の勝尾寺のお守りも入手。試合前の厄払い、勝運招福の祈願もした。ベンチにお清めの塩、酒をまいた日もあり、近藤氏は
「いろいろやりましたよ」
と今でこそ笑って話すが、当時は「人が困ってるところを写真に写して楽しいか!?」と報道陣にかみついたこともあった。
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──97年からロッテを指揮しているが、監督に就任する際、チームにどんな印象を持っていたか?
近藤 正直な話、ロッテのことはよくわからなかった。藤田さんから「ロッテが困っているから、助けてやってくれ」と連絡があって、それで監督を引き受けたんです。広岡さんがGMをされた影響だと思うが、野球をわかっている者もいれば、走者一塁の場面で簡単に遊撃ゴロを打つような選手もいて、これからのチームだった。連敗中、ミーティングで説教をしたり、檄を飛ばしたり、選手を名指しで叱ったりもしましたが、あまり効果はなかったようですね。
──とはいえ、98年は若い選手も頭角を現した。
近藤 黒木もそうだが、野手では小坂や福浦が出てきて、2人ともよう頑張ったと思う。レギュラーから外した初芝、南渕はちょっとブンムクレてたかな(笑)。
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連敗脱出後、38勝27敗1分けと好成績を残したが、2年連続最下位は免れなかった。チーム打率リーグ1位、同防御率は2位。総得点も総失点を上回ったが、近藤氏は史上4人目の両リーグ最下位指揮官となり、同年辞任した。
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