その中田組長が率いる山健組は2月4日、最高幹部らが神戸市内の霊園に姿を見せていた。この日は山健組を創設した山本健一初代の命日であり、毎年恒例の墓参が行われたのだ。同霊園にはもともと山本家の墓があったが、22年に遺族が突如墓じまいをしていた。...
記事全文を読む→中田浩司
この即日結審、素人目には中田組長が「無罪」に向けて一歩、前進したように見える。だが、裁判を傍聴した地元記者は、こうも語るのだ。「最近、同じ大阪高裁で今回とそっくりな山口組直参の控訴審を見たわ。今年1月に一審の無罪判決を破棄して大阪地裁に差し...
記事全文を読む→山口組分裂抗争で、最も過酷な運命を歩んだ男は、五代目山健組の首領・中田浩司組長ではあるまいか。神戸山口組のヒットマンとして逮捕され約5年間の勾留、その後無罪を勝ち取って六代目山口組の要職に就いた。この稀にみる経歴に、再び新たな1ページが記さ...
記事全文を読む→約10年続いた未曾有の分裂抗争が突如として幕を下ろし、沈黙を続ける敵対組織とは対照的に、六代目山口組は大幅な組織刷新に着手する。中でも特に大きな波紋を呼んだのが、髙山若頭の相談役就任と竹内新若頭の誕生だった。ジャーナリストが言う。「山口組の...
記事全文を読む→ここで中田若頭補佐の釈放直後の動向について振り返ろう。地元関係者によれば、「無罪判決が出た10月31日、神戸地裁から送迎車両に乗り込み、私物を引き取りに拘置所に向かった。拘置所では、山健組の物部浩久若頭と福富均舎弟頭が出迎えて、その足で神戸...
記事全文を読む→一度離反し、文字通り血で血を洗う抗争に突入したものの、21年9月に六代目山口組に電撃帰参した五代目山健組。勾留中の身でありながらその決断を下した当代、中田浩司若頭補佐にしてみれば、長らく止まっていた時間が、この1年で大きく進んでいた─。山口...
記事全文を読む→「主文、被告人は無罪」10月31日、神戸地裁101号法廷に、丸田顕裁判長の声が響いた。その瞬間、傍聴席からはどよめきが起こる。新聞記者たちは一報を伝えようと、法廷から出ていった。騒々しい中、被告人席に座る五代目山健組・中田浩司組長(写真)は...
記事全文を読む→「全て間違っています。私は犯人ではありません」およそ5年ぶりに公の場に姿を見せた五代目山健組・中田浩司組長はマスク越しにも血色が良く、以前の容貌と大きな変化はなかった。そして大方の予想どおり、冒頭のように、問われた罪を全面否認してみせた。1...
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