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記事全文を読む→六代目山口組・中田若頭補佐「無罪」から365日の激流(2)たった3カ月で若頭補佐に抜擢
ここで中田若頭補佐の釈放直後の動向について振り返ろう。地元関係者によれば、
「無罪判決が出た10月31日、神戸地裁から送迎車両に乗り込み、私物を引き取りに拘置所に向かった。拘置所では、山健組の物部浩久若頭と福富均舎弟頭が出迎えて、その足で神戸市内にある山健組の墓所を訪れ、組の創設者である山本健一初代の墓前で手を合わせたそうや」
創設者を前に分裂抗争という凶事への謝罪をしたのか、それとも「あるべき姿」に戻り、これからは正道を行くという誓いを立てたのだろうか。
そして釈放からわずか2日後、逮捕以前は激しく敵対していた六代目山口組最高幹部らと、復帰後初の「対面」を果たす。当時は若頭補佐だった竹内照明若頭(四代目弘道会総裁)が率いる弘道会の三重県四日市市にある拠点で開かれた執行部会に、挨拶に訪れたのだ。
「六代目山口組では、服役などで長期不在となった直参は、出所後すぐに司組長に挨拶に行くのが通例や。そやけど中田若頭補佐の立場からすると、直参昇格後のこの初顔合わせほど緊張した場面はなかったやろな。実際には執行部メンバーは歓迎ムードで、司組長も見送られる時には満面の笑みを見せていた」(地元関係者)
続けて同年12月13日に静岡県浜松市の二代目國領屋一家(戸塚幸裕総長)本部で開かれた六代目山口組の納会で、司組長と中田若頭補佐は親子縁組盃を交わす。これで名実ともに六代目山口組の直参となる。
翌14日には、今度は山健組の納会が、岡山県内の関連施設で行われた。勾留中に新たに昇格した直参らと盃を交わし、自組織の団結を高めたのだ。
そして年が明けた今年1月、現職の若頭補佐に就任。釈放からたった3カ月足らずでの抜擢だった。組織関係者が言う。
「当然これは、中田若頭補佐にかけられた期待の表れだ。分裂以前から次世代の山口組に意識を向けていた司組長や髙山若頭は、その当時六代目山口組の若頭補佐だった山健組の井上組長に、『後継候補となる若手を、一日でも早く若頭に』と要請し、中田若頭補佐の名前を挙げていたそうだ。つまりその段階から、中田若頭補佐が近い将来の山口組を支える要の1人になるだろう、と見ていたことになる」
一度は分裂によって、その未来は閉ざされた。しかし、山健組の帰参と中田若頭補佐への無罪判決が不可能を可能にした。何より、山健組の復帰は分裂抗争上でも六代目山口組の優勢を決定づける要因だった。抗争の結末が見え始めたからこその、未来志向の抜擢でもあった。
事実、それから2カ月半後の4月7日、稲川会(東京・内堀和也会長)や住吉会(東京・小川修司会長)を筆頭としたヤクザ業界の総意を受けた形で、六代目山口組は兵庫県警に、抗争終結を宣誓する書面を提出することになる。
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