芸能
Posted on 2025年02月15日 05:59

座る・眠る・横たわる・料理する…長塚京三が表現した「忍び寄る老い」の凄さ/大高宏雄の「映画一直線」

2025年02月15日 05:59

 長塚京三に目を見張った。公開中の吉田大八監督の「敵」で、主人公の元大学教授・渡辺を演じる。77歳という年齢設定は、彼自身の実年齢とほぼ同じである。妻を亡くし、瀟洒な古い家で一人住まいをしている。老いを演じる俳優は多いが、今回ばかりは恐れ入った。

 元大学教授という職業柄、仕事はしている。講演や原稿執筆だ。講演料10万円以下では引き受けない。彼なりのプライドがある。連載していた原稿は休止を言い渡される。淡々と受けるが、ショックは隠し切れない。

 人との付き合いでは、デザイナーの友人と時々飲みかわす。教え子やバーに勤める女性とも、ささやかな交流を続ける。孤立無援ではないが、しだいに「敵」が忍び寄ってくる。「敵」とは何か。メールから、その「主」はやってくる。原作は筒井康隆だ。

 目を見張ったのは、忍び寄る老いの表現だ。椅子に座る。料理を作る。人と会う。眠る。横たわる。歩く。日常の何気ない動作において、演技を超越したような肉体の老いが、随所に感じられた。これはよくよく考えれば、凄いことなのである。

 老いを演じる俳優は、老いの表現を演技の中でつかまえていくが、長塚は違う。地か演技かわからない。本来、どんな役柄であれ、地と演技は大きなかかわりを持つ。老いも同様だが、長塚が演じると、その境界がわからなくなる。

 何気ない表情、動作、ちょっとした声の発し方に、老いた人間のしぐさが浮き彫りになる。老いてなければ表出しないような表情、動作、声なのだ。3人の俳優から、その違いを見てみよう。

 昨年、実年齢90歳を超えた草笛光子の主演作「九十歳。何がめでたい」がヒットした。老いた役柄の中に、しだいに漲るような生気が戻る演技だった。ヒットの要因のひとつだろう。素晴らしかったが、長塚の演技は、それとは対極にある。

 こちらもヒットした「PERFECT DAYS」では、役所広司が独り暮らしの清掃員・平山を演じた。役柄の年齢的には、「敵」の渡辺の方がかなり年上である。2人は実年齢でも違うから、役所には老いというより、ある種の「諦念」のような雰囲気が漂う感じがあった。

 平山とは、小津安二郎監督の「東京物語」で、笠智衆が演じた役名だ。思えば笠智衆は老いそのものを演じたわけだが、その時、彼の実年齢は50歳前。その分、老いの演技を要求され、存分に応えはしたが、長塚のような生々しい老いの仕草はなかった。

 長塚は日経新聞(1月26日付)のエッセイで、こう書いた。昨年の東京国際映画祭で最優秀男優賞を受賞した際のことだ。「壇上から名前を呼ばれて立ち上がった拍子に」「よろめいた」と。現実の話であるが、まるで「敵」の渡辺のようにも感じてしまった。

 生身の肉体と演技の境目とは、いったい何だろう。老いを演じる時、俳優はどのような意識、意志をもって挑むのだろうか。「敵」にその答えがあるわけではないが、俳優という存在、演技というものを、深く考えさせられたのは事実である。

(大高宏雄)

映画ジャーナリスト。キネマ旬報「大高宏雄のファイト・シネクラブ」、毎日新聞「チャートの裏側」などを連載。新著「アメリカ映画に明日はあるか」(ハモニカブックス)など著書多数。1992年から毎年、独立系作品を中心とした映画賞「日本映画プロフェッショナル大賞(略称=日プロ大賞)」を主宰。2025年に34回目を迎える。

カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    芸能
    2026年06月05日 11:00

    日本テレビの長寿演芸番組「笑点」の公式Xが、現メンバーの集合写真とともに〈【お知らせ】笑点がついに…重大発表6月7日(日)夕方5時30分から放送〉と6月4日に投稿した。1966年放送開始、今年で60周年を迎えたばかりの看板番組の「ついに」で...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    タグ:
    事件
    2026年06月11日 11:45

    プロ野球の元スター選手の息子が、詐欺容疑で逮捕された。事件としてはそれだけの話かもしれない。ただ、引っかかったのは事件そのものより、父親の仕事にまで響いたことだ。中日、オリックス、楽天で活躍し、引退後は解説者として親しまれてきた山崎武司氏で...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    芸能
    2026年06月11日 20:30

    名物演芸番組「笑点」(日本テレビ系)が「テレビコメディーパネル番組(週間)の最長放送」としてギネス世界記録に認定されたと発表したのは、6月7日の放送だった。2016年から6代目司会を務める春風亭昇太は「この番組を紡いできてくれた先輩たちに感...

    記事全文を読む→
    カテゴリー:
    注目キーワード

    人気記事

    1. 1
    2. 2
    3. 3
    4. 4
    5. 5
    6. 6
    7. 7
    8. 8
    9. 9
    10. 10
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2026/6/9発売
    ■650円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク