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記事全文を読む→奇跡の脱北起業家〈第3回〉なぜ彼女は「平壌冷麺」と海を渡ったのか(1)ミニスカートで剣を振り躍る
平壌の名門大学に入学したヨンヒを待ち受けていたのは、波乱の日々だった。軍への体験入隊、疲労困憊のマスゲーム、過酷な建設労働、そして支えだった愛する父の死‥‥。好評連載第3回は、金正恩体制への幻滅を抱きだすヨンヒの揺れる心をお伝えする。
運命というべきか、ヨンヒの大学生活は金正恩時代の幕開けとぴったり重なった。秘密のベールに包まれていた金王朝3代目である彼のお披露目は2010年10月9日、平壌のメーデースタジアムで開催されたマスゲーム「アリラン」。スタンドを埋め尽くす巨大な人文字、一糸乱れぬダンスパフォーマンスなどで人民の「一心団結」を世界へアピールする壮大なプロパガンダイベントだ。総出演者は10万人。ヨンヒの通う張哲九平壌商業大学の3年生にも動員がかかった。平壌外国語大学、平壌鉄道大学と「剣舞」を担当した。
「第1章3幕です。私たち女子学生は、そろいの軍服、ミニスカートにブーツ姿で剣を振り、キレキレのダンスを踊る。脚を高くぴんと上げたり。6カ月、勉強そっちのけで練習、また練習でした。熱中症で倒れたこともあります。その日は金正日と金正恩が出てくる1号行事だったので、夜中2時に自宅を出て、学校単位で集まり、会場まで歩いた。荷物は一切、持ち込めない。ベルトも外さないといけない。会場に入るまで6カ所のチェックを受けました。公演前に中央報告会があり、私の大学は主席壇から30メートルほどの席だったので、間近に金正恩が見えたんです。ああ、彼が青年大将同志か、と」
まだ一般人民には明かされていなかったが、ヨンヒは金正恩の存在を知っていた。2009年4月から半年、教導隊と称される軍に入隊していたからだ。
「大学2年のとき、首都司令部に所属する女性だけの高射砲中隊で訓練を受けたんです。平壌の統一通り、祖国統一3大憲章記念塔(韓国との統一放棄を受け、破壊された)のそばにあり、高射砲も撃ちましたよ。政治指導員による講習があるんですが、A4版10ページほどの講演資料をもとに青年大将同志がいかに特別な才能を持ち、父を補佐してきたかを説明する。すべてを暗記し、テストまであったんです。私たちは『息子が後継者に決まったんだね』とうわさしていました」
マスゲームは8月から10月まで続いた。やれやれ秋から勉強に身が入る。ヨンヒはよろこんだ。久しぶりにキャンパスに戻ると、学舎の壁に掲げられていた李寿福の詩が目にとまる。朝鮮戦争のとき、18歳で戦死した英雄だ。激戦地、1211高地で手帳に書き残していたらしい。
〈私は解放された朝鮮の青年だ 生命も貴重だ 燦爛たる明日の希望も貴重だしかし私の生命、私の希望、私の幸せ それは祖国の運命より貴重ではない ひとつしかない祖国のために ふたつとない生命だけれど 私の青春を捧げることほど 高貴なる生命、美しい希望 偉大なる幸福がどこにあろうか〉
すっかり洗脳されていたせいか、ヨンヒは李寿福を思い、涙がこぼれた。
鈴木琢磨(すずき・たくま)ジャーナリスト。毎日新聞客員編集委員。テレビ・コメンテーター。1959年、滋賀県生まれ。大阪外国語大学朝鮮語学科卒。礒𥔎敦仁編著「北朝鮮を解剖する」(慶應義塾大学出版会)で金正恩小説を論じている。金正日の料理人だった藤本健二著「引き裂かれた約束」(講談社)の聞き手もつとめた。
写真/初沢亜利
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