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記事全文を読む→奇跡の脱北起業家〈第1回〉なぜ彼女は「平壌冷麺」と海を渡ったのか(3)街の競技場が血に染まった
ヨンヒが中級班の3年のときだった。朝、登校したら、その友だちがきていない。翌日もこない。ほどなくして夜、マンションで人民班会議が招集された。住民による隣組で、党の指示伝達や相互監視を目的としている。
「あす午後、競技場に集まれ、班長はそれだけ伝えた。翌日、ママと弟と3人で出かけると、スタンドは1000人ほどで埋まっている。私たちはグラウンドに案内される。トラックが着き、2人が下ろされた。グレーの囚人服、目隠しし、猿ぐつわだったけど、ひとりが友だちのお母さんだとすぐわかった。罪状が読み上げられると、住民たちは、あいつは悪いやつだ! と罵るんです」
判決は死刑。ただちに武装した5人の軍人がグラウンドに入ってくる。杭につながれた2人に銃弾を浴びせる。ダダダダ、ダダダダ……。
「ひとりの軍人が30発くらい撃った。あわせて150発。私はぎゅっと目をつむった。見るに堪えられない。でも、恐ろしい音だけでおしっこを漏らしそうでした。衝撃的すぎて不思議と涙は出なかったのですが、3日、4日は眠れません。突然、あの音が聞こえ、人が砕け落ち、ボロボロになるのを想像してしまうんです。動画みたいに現れて」
友だちの家族は全員どこかへ追放された。だが、公開処刑の翌日も学校は日常のままだった。
「クラスメイトのだれも処刑のことを話したりしません。コソコソうわさもできない。国に悪いことをした人間に同情したら、どうなるか、みんなよく知っているんです。ああ、彼女も収容所に入ったかな、生きていたらいいなくらいに心配はしていても、口を閉ざしてしまう。そういう国なんです。私も理解はしていますが、内心では韓国のドラマを見ることがどうしていけないのか、そんなことぐらいで処刑する国はおかしいと思っていました」
ヨンヒ12歳、残忍きわまる処刑のシーンが深く、深く刻まれる。ふるさと元山の思い出に血に染まったグラウンドが加わってしまったのだ。ヨンヒはピアノの道を拒否する。
「パパは『ヨニを飛行機に乗せてやりたい』って言ってたの。閉鎖された国でしょ。ピアノで成功すれば、海外留学のチャンスがつかめるから。でも私は好きじゃなかった。だってピアノばかりで、算数の九九すらやっていないんだもの。平壌でもっともっと勉強したかった」
父は愛する娘の心の傷に気づいていたのだろう。新天地・平壌に引っ越し、第2の生活へ舵を切ることになる。
(一部敬称略)
鈴木琢磨(すずき・たくま)ジャーナリスト。毎日新聞客員編集委員。テレビ・コメンテーター。1959年、滋賀県生まれ。大阪外国語大学朝鮮語学科卒。礒𥔎敦仁編著「北朝鮮を解剖する」(慶應義塾大学出版会)で金正恩小説を論じている。金正日の料理人だった藤本健二著「引き裂かれた約束」(講談社)の聞き手もつとめた。
写真/初沢亜利
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