政治
Posted on 2025年12月08日 06:30

前駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~【追悼】立身出世に囚われた外務官僚とは一線を画す侍外交官「JJ」との日々~

2025年12月08日 06:30

「JJ」とは、外務省入省直後の不肖私が登場する、一世を風靡した女性雑誌ではない。長年の同僚であった、島田順二・前アイルランド大使のことだ。Junjiの名前を覚えやすいようにと、自己紹介の際に「JJ」と名乗ってきたため、多くの外国人に「JJ」と呼ばれ、親しまれてきた外交官である。

 大阪生まれ、大阪育ち。だが、これほど物静かに話す人がいるのかと思うくらい、温和な性格。その眼差しはどこまでも優しかった。常に沈着冷静。昭和60年(1985年)外務省入省で、私の一期後輩。誰しもが認める同期のエース級存在で、要職を歴任した。

 そんなJJの訃報が届いたのは、つい先日のことだった。奥様の薫さんからの電話で突然の逝去を知り、愕然とした。十余年に及ぶパーキンソン病との闘いの末、残酷にも命を奪ったのは肺腺癌。連絡を受けた携帯電話を握りしめながら、首を垂れるほかなかった。

 JJとの長年の交流が、走馬灯のように蘇ってきた。アメリカンスクールの一員としての、米国東海岸での留学(在外研修)。条約課長の後任であるJJへの引継ぎ。インテリジェンス担当の国際情報統括官時代、審議官として献身的に支えてくれたこと。そして駐豪大使時代、駐メルボルン総領事として、共に日豪関係の増進に努めたこと。全豪オープンテニスや競馬メルボルン・カップに夫婦揃って参加したのは、微笑ましい思い出だ。

 パーキンソン病については限られた外務省関係者には知られていたが、本省でインテリジェンス業務に精力的に取り組む過程においても、体調の波を感じさせることがあった。それだけに、治療の甲斐あって在外公館勤務が可能となり、メルボルン総領事で来てくれた時は我がことのように嬉しかった。
 日本の経済的、外交的、さらには戦略的利益にとっての豪州の重要性について、完全に私と意見が一致していたJJ。共に力を合わせて各種の働きかけに努めたのは、自然な展開だった。

 今でも昨日のことのように覚えているのは、ビクトリア州のダン・アンドリュース首相への働きかけだ。豪州の政治家の中でも「チェアマン・ダン」と揶揄されるほど、親中・媚中を極めた人物。日本の重要性を理解させようと、大使である私のメルボルン訪問の機会を捉え、島田総領事公邸にアンドリュース夫妻を招待した。
 まずはプロの筝奏者による連弾で歓待。大津公邸料理人による極上の和食を堪能させた後、豪州人にも大人気のウイスキー「山崎」を楽しみながら、弓道を嗜む島田夫人自らが巻き藁を的に実演。アンドリュース夫人に「Wow!」と言わせたほど、日本尽くしの夕餉を見事に演出した。夫婦一体となったその手腕には、舌を巻くほかなかった。

 JJの活躍はメルボルンが所在するビクトリア州だけではなく、管轄するタスマニア州や南オーストラリア州にまで及んだ。特に南オーストラリア州の州都アデレードには40回以上も足を運び、州政府と太いパイプ作りに成功しただけでなく、アデレード日本商工会議所の創設を主導。日豪関係6団体の連絡協議会を立ち上げた。
 何よりも日本語補習校や在留邦人の行事に気さくに参加し、お高く留まった外交官に慣れていた在留邦人に歓迎され、高く評価された。

 そんなJJがメルボルンでの活躍を受け、駐アイルランド大使に任命されたのは吉報だった。だが本音を言えば、駐豪大使の後任に迎えたかった。そうであればメルボルンで培った人脈は最大限活用されただろうし、何よりも転勤に伴う肉体的・精神的負担が遥かに軽減されたからだ。JJがメルボルン在任中にJJの後輩を駐豪大使に任命した外務省人事当局の配慮の至らなさは、今なお悔やまれて仕方ない。

 病魔と向き合いながら最後までダブリンへの帰任を追求していた姿を知るにつけ、その外交官ぶりはあっぱれのひと言に尽きる。東京での立身出世に囚われて大使さえ務めようとしない外務官僚とは、明確に一線を画した侍だった。

 JJ、いや、島田大使、どうぞ安らかにお眠りください。貴使の遺志は我々、そして次の世代が引き継いで参りますから。

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年、東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年に外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、ワシントン、香港、ジュネーブで在勤。北米二課長、条約課長の後、2007年に茨城県警本部警務部長を経て、09年に在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年に国際情報統括官、経済局長を歴任。20年に駐豪大使に就任し、23年末に退官。同志社大学特別客員教授等を務めつつ、外交評論家として活動中。著書に「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「国家衰退を招いた日本外交の闇」(徳間書店)、「媚中 その驚愕の『真実』」(ワック)、「官民軍インテリジェンス」(ワニブックス)などがある。

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