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記事全文を読む→生誕90年 立川談志と最後の弟子〈初めて書く「イリュージョン」な日々〉(2)談志が通るのを非常階段で待つ
作戦決行日。地下鉄根津駅の長い階段を登って、1番出口を抜けるとそこは下町であった。新宿や渋谷などと違いどこか素朴さを感じ、これが本来の東京なのかもしれないと思った。
「この町に談志が住んでいるのか」
脳内で呟いた。初めての根津は右も左もわからなかったが、目を血走らせ“泣ぐ子はいねがぁ〜”とばかりにマンションを探して歩いた。しかしこのナマハゲ、失礼のないようにリクルートスーツを着て、しっかりネクタイを締めていた。
数分ばかり歩くと、たちどころに鯛焼き屋さんと煎餅屋さんのあるマンションを見つけた。インターネットで調べた特徴と合致したので、ここだなと思いとりあえず持っていたペットボトルの水を一口飲んだ。
陣太鼓を打ち鳴らし表門から入ったが門番はいなかった。マンションの管理人も三が日はお休みだったのだろう。得物を用意していなかったのもあり、ほっと胸を撫で下ろした。郵便受けを眺め“松岡(立川談志の本名)”の名前を見つけ、おそらくここだろうと確信した。
──と、ここまで書いていて、ちゃんと自分がやべえ奴だと自覚していることをわかってもらいたい。やべえ奴がやべえ奴だと自覚したところでやべえ奴なのだが、当時は全く自分がやべえ奴と思っていなかった。自分が田舎者だというのもあるが、子供の頃からタウンページやハローページで住所を調べたりしてラーメンの出前をとっていたりしたので、何もおかしいと思っていなかったのだ。
念のため言っておくが談志はてんやものではない。思えば当時でも非常識な部類の話だし不快かもしれないが、間もなく談志が話に登場するので、もう少しだけやべえ奴にお付き合いをお願いしたい。
6〇〇号の郵便受けに松岡と書いてあったので、エレベーターで6階に行き部屋に向かった。
非常識の塊のような男だが、インターホンを押さなかったのは更生の可能性があった証拠だ。エレベーター横にある非常階段の踊り場で息を潜め、立川談志が現れるのを待っていた。ドアを開けて出てくるのか、それともエレベーターで上がってくるのか。少し斜め後ろからになるが、しっかりと顔を確認できる場所だ。
エレベーターが何度も階に止まり、「チーン」と鳴るたびに心臓が張り裂けそうになった。談志が通るまで何時間でも待とうとは思っていたが、突撃までの時間はそうかからなかった。ものの30分経つか経たないかで、エレベーターがけたたましく鳴り響いた。
「ヂュヴィーンンンンバウバウナハナハッ!!!!」
およそ人生で聴いたことがないエレベーター音だった。間違いなく談志が乗っていると確信した。
「ガガガガガガガゴゴゴーン!!!」
重厚な鉄門が開くような音を鳴らし、エレベーターの扉が開いた。恐る恐る覗くと、談志が出てきた。いた。心臓の鼓動が激しくなり、アドレナリンと今朝飲んだビオフェルミンが全身を駆け巡った。すぐさま鉄砲玉のごとく飛び出し、膝をついて両手を腿の付け根に置き、言葉を銃弾に込めて撃った。
「師匠、落語がやりたいです」
弾が当たっていないのか、よほど丈夫な防弾チョッキを着込んでるのか。とにかく談志は微塵も驚く様子がなく、ゆっくりこちらを見たかと思うと真っ直ぐに目を合わせて言葉をかけてきた。
「そんなところに座ってると汚れるから立ちな」
「はい」
「ウチ入んな」
「失礼します」
「座んな」
「はい」
世の中に自分を撃った鉄砲玉を家に招き入れる人がいるだろうか。もちろん本当の銃ではないが、間違いなく不審者ではある。後で分かることだが、ここは談志の仕事部屋で、おかみさんと暮らしているプライベートな空間とは別の場所だった。部屋の中で談志と不審者が一対一の状況になった。
立川談吉(たてかわ・だんきち)1981年12月14日生まれ。北海道帯広市出身。2008年3月に立川談志に入門。11年6月に二ツ目昇進。12年4月に立川左談次門下へ。18年7月に立川談修門下へ。26年3月1日に真打昇進「立川談寛」襲名予定。
写真/産経ビジュアル
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