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記事全文を読む→「プロレスVS格闘技」大戦争〈最強神話崩壊!桜庭和志がグレイシー狩り〉
「プロレスラーは、本当は強いんです!」と、桜庭和志が高らかに宣言したのは1997年12月21日、横浜アリーナで行われた「UFCジャパン」に優勝した時だ。
当時、日本プロレス界は総合格闘技ブームに押されていた。特に桜庭が入門したUWFインターナショナルは「最強」を旗印にしていただけに、ダメージが大きかった。
Uインターは400戦無敗を誇るヒクソン・グレイシーに対戦を迫り、94年12月に安生洋二をロサンゼルスのヒクソン道場に送り込んだが、道場破りに失敗。これがイメージダウンにつながり、Uインターは96年末で崩壊した。その後、髙田は97年10月11日に東京ドームで開催された格闘技イベント「PRIDE」でヒクソン戦に漕ぎ着けるも、1ラウンド4分47秒に腕ひしぎ十字固めで完敗を喫し、プロレスファンを落胆させた。
そうした中での桜庭の快挙に、プロレスファンが狂喜したのは当然だろう。
中央大学レスリング部主将を務めたこともある桜庭は、93年8月にUインターでプロレスデビュー。同団体時代は新日本プロレスとの対抗戦でプロレスへの対応力を発揮して注目されたが、格闘家として頭角を現したのはUインター解散後。その後継団体として97年3月に旗揚げした、キングダムに参加してからのことだ。
キングダムはオープン・フィンガー・グローブを着用しての顔面への打撃OKという総合格闘技を意識したルールを採用し、その中で才能を開花させていった。
そして「UFCジャパン」でヘビー級トーナメントにエントリーした桜庭は、カーウソン・グレイシー門下生のマーカス・コナンに腕ひしぎ十字固めで勝利して優勝。グレイシー・ハンターの道を歩む。
最初の闘いは99年11月21日、有明コロシアムにおける「PRIDE8」のホイラー・グレイシー戦。ホイラーはグレイシー柔術の総帥エリオの五男。98年3・15横浜アリーナの「PRIDE2」で桜庭の先輩・佐野なおき(現・巧真)に腕ひしぎ十字固めで勝っている。
試合は1ラウンド15分の2ラウンド制で、決着がつかない場合は引き分けという特別ルールだったが、スタンドでもグラウンドでも桜庭は優位に立った。第2ラウンド終盤にホイラーの右腕を腕がらみでガッチリ捕らえ、ホイラーがあくまでもタップを拒むと、桜庭はあり得ない方向に腕を捻り上げて「このままいったら肩が外れますよ」とレフェリーに警告。2ラウンド13分16秒、桜庭のレフェリーストップ勝ちが宣告された。
日本人がグレイシー一族に一本勝ちしたのは、木村政彦が51年10月23日にブラジル・リオデジャネイロのマラカナンスタジアムでエリオを腕がらみで撃破して以来、実に48年ぶり。しかも決まり手は同じ腕がらみということで、キムラロックの呼び名で話題になったが、もともとブラジリアン柔術でキムラと呼ばれる技である。
「次はお兄さん、僕と勝負してください!」と、ホイラーのセコンドに付いていたヒクソンに呼び掛けた桜庭の次の相手になったのは、93年11月にアメリカで生まれた「なんでもあり」の総合格闘技大会UFCの第1、2、4回優勝者のホイス・グレイシー。UFCブーム、グレイシー柔術ブームを巻き起こした男だ。
闘いの舞台は00年5.1東京ドームの「PRIDEグランプリ2000決勝戦」のグランプリ公式戦2回戦。グレイシー側の要求でレフェリーストップなし、15分無制限ラウンドの特別ルールになった。
桜庭は、この世紀の一戦をエンターテインメントに仕立て上げた。ホイスがグレイシー一族と列をなすグレイシー・トレインで入場すれば、桜庭はかつて新日本プロレスで増殖マスクマン軍団として人気を博したマシン軍団のように、スーパー・ストロング・マシン風のマスクを着けて2人のマシンを従えて登場し、3万8429人の大観衆を楽しませたのである。
試合では道衣の尻の部分を摑んで逆さにひっくり返してのマウントパンチ、モンゴリアン・チョップなど想定外の攻めでホイスを翻弄。その一方では厳しい右ローキックでホイスの左脚にダメージを蓄積させるなど、試合を完全掌握。
スタミナを削がれたホイスは第6ラウンド終了時点‥‥90分の激闘の末に戦意喪失。セコンドのホリオンがタオルを投げ入れて桜庭のTKO勝ち。それはグレイシー柔術の最強神話が、創設75年目にして崩壊した瞬間だった。
桜庭の快進撃はその後も続く。同年8.27西武ドームの「PRIDE10」ではヘンゾ・グレイシーを立った状態のストレート・アームバーから振り回して、グラウンドに移行して捻り上げると左肩が外れ、桜庭のTKO勝ちとなった。さらに同年12月23日のさいたまスーパーアリーナの「PRIDE12」でハイアン・グレイシーと1ラウンド10分だけの特別ルールで戦い、3‒0の判定勝ち。2000年は桜庭の総合格闘家としての絶頂期と言っていい。グレイシー・ハンターとしての大活躍でプロレスを守ったとして、同年のプロレス大賞MVPにも輝いた。
文・小佐野景浩(おさの・かげひろ)元「週刊ゴング」編集長として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」(徳間書店)などがある。
写真・山内猛
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