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記事全文を読む→【世界の「最凶独裁者」列伝】「リビアの狂犬」カダフィ大佐の奇行と「地下迷宮」処刑直前の「命乞い」肉声
わずか27歳の若き将校が、無血クーデターで王制を打破した。1969年のことだ。それがアフリカ北部リビアの貧しい遊牧民出身の男、ムアンマル・アル=カダフィである。自らを大統領ではなく「革命指導者」と呼び、肩書きを「大佐」としたまま、生涯を過ごすことになる。
カダフィは潤沢な石油収入を背景に、教育や医療の無料化を推進。「ジャマヒリア(民衆統治)」という独自の社会主義を掲げたが、その実態は凄惨な恐怖政治にすぎなかった。
反体制派は徹底的に弾圧され、1996年にはひとつの刑務所で1200人以上を虐殺。欧米からは「中東の狂犬」と忌み嫌われ、国際テロへの関与が疑われた。
そんなカダフィを象徴するのが、奇行と揶揄された、過剰なまでの演出だった。外遊先では高級ホテルを拒み、庭に巨大な「ベドウィンのテント」を張って宿泊。そして全員が女性のボディーガード部隊「アマゾニアン・ガード」を帯同させる。なぜかラブホテルにある回転ベッドを所有するなど、その奇行は枚挙にいとまがなかった。
その傲慢さの裏には常に「失脚への恐怖」が張り付いていたようだ。35段以上の階段を登れない高所恐怖症だったカダフィは、首都トリポリの拠点の地下に、何キロにも及ぶ広大なトンネルを張り巡らし、爆撃を耐え抜く手術室やテレビ放送局まで備えた「地下迷宮」を構築。そんな緊張感の中で、動きを止めれば死ぬという強迫観念に追われ続けていたのだ。
殺害後の遺体を公開すると見学者があとを絶たず
しかし2011年、独裁の牙城は「アラブの春」の激流に飲み込まれた。欧米の介入もあり、出身地のスルトへ敗走したカダフィ。最後は冷たい排水管の中に隠れているところを引きずり出された。
かつての絶対権力者は言った。
「撃つな、何が起きているんだ!」
必死の命乞いをしたものの、民衆の手によって惨烈な私刑を受け、同年11月、その生涯を閉じたのである。
晒しものにされたその死体は腐敗し、異臭を放つようになってからも、見学者があとを絶たなかったという。
カダフィ殺害から十数年が過ぎた今もなお、リビアは東西分裂と内戦の泥沼にハマッている。インフラは破壊され、治安は悪化の一途だ。かつての側近ガッダファダム氏はこう言って憤る。
「欧米はリビアを壊しただけで、何ももたらさなかった」
皮肉なことに、圧政に苦しんだはずの民衆の一部からは「カダフィ時代はまだ豊かで安全だった」という、独裁者を懐かしむ声さえ漏れ聞こえるが、暴力で秩序を保った「狂犬」亡き後の空白を、民主主義という名の光が埋める日は、まだまだ遠いようだ。
(山川敦司)
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