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記事全文を読む→小泉今日子「アイドル」を脱いだ女〈前編〉(1)聖子や明菜にはなかった才能
「私の16才」も還暦とは時の流れは速い。美少女路線のアイドルは、やがて大胆な歌詞を歌い、前代未聞の肌露出に挑み、気づけば文筆家、政治的発言もこなす熟女となった。少女だったキョンキョンに何が起っていたのか─七変化の軌跡を前後編でお届けする。
「小泉今日子」をネットで検索すると、職業として「歌手、俳優、文筆家、プロデューサー」とある。さらに企業経営者でもある。いまの小泉今日子には「アイドル」「タレント」といった肩書はない。それでも、ひとは彼女を「キョンキョン」と呼ぶ。その落差を、彼女自身は楽しんでいるようだ。
言うまでもなく、小泉は80年代アイドルのひとりだ。1980年、松田聖子の登場によって「アイドル革命」が勃発し、70年代に活躍していたアイドルたちは一掃された。当然、芸能プロ、レコード会社は「第二の聖子」探しを始めた。81年は間に合わなかったが、82年になって、小泉、松本伊代、早見優、堀ちえみ、石川秀美、三田寛子、中森明菜などがデビューし「花の82年組」と呼ばれた。
そのなかで抜群の歌唱力でブレイクしたのが明菜だった。5月発売のデビュー曲「スローモーション」は、オリコンの週間チャートでは最高30位といまひとつだったが、7月発売の「少女A」は最高5位、11月発売の「セカンド・ラブ」で1位になると、以後は1位か2位を続ける。
小泉は明菜より先の3月に「私の16才」でデビューし、最高22位と、まずまずの数字だった。16才の子が、好きな彼を遠くから見ているという典型的な片思いソングで、アイドルのデビューとして無難な路線だった。しかし、それゆえにインパクトに欠けた。
そこで、7月発売の第二弾は「素敵なラブリーボーイ」(林寛子の75年の曲のカバー)とした。歌詞には「誘惑されるのが好きなのよ」「女の子は感じやすいの」「この胸もこの指もあなたにならまかせられる」とあり、ジャケットも水着姿で露出度が高い。それでも、19位までだった。
9月発売の「ひとり街角」では、主人公にはブローチをくれる関係の恋人がいるのだが、その恋が消えてしまいそうだという揺れる心情を歌い、13位まで上がった。
順調に上がってはいるが、明菜のような破壊力はない。曲ごとに方向性も違い、イメージが確立できていない。この試行錯誤は83年になっても続き、2月発売の「春風の誘惑」では「恋に憧れる女の子」へと後退した。
82年組で明菜が飛び出せたのは、歌唱力もさることながら、聖子的ではないイメージを打ち立てたからだ。82年組は「第二の聖子」になろうとし、髪型も、みな「聖子ちゃんカット」にさせられた。小泉も例外ではない。だが、このままでは「第二の聖子」にもなれないことに気づくと、小泉は誰にも相談せず、許可も求めず、自分の意思でショートカットにした。これはアイドル史に残る伝説となっている。
その髪型となってからリリースした「まっ赤な女の子」で、ようやく、小泉ならではの世界観が確立された。「まっ赤な女の子」以後のシングルの曲名を発売順に列記してみよう。「半分少女」「艶姿ナミダ娘」「渚のはいから人魚」「迷宮のアンドローラ」「ヤマトナデシコ七変化」「The Stardust Memory」「常夏娘」「ハートブレイカー」「魔女」と、ほとんどが、歌の主人公そのものをタイトルにしている。
主人公は外見も性格も人格もさまざまで、まさに七変化している。さらに歌の中で展開されるのは、「あなたへの思い」とか「恋の不安」や「失恋の悲しみ」ではない。「ラブソング」という枠から逸脱し、「みんな聞いて、私はこういう女の子なのよ」という自己主張ソングだった。アイドルポップスの革命だった。
これが、同世代の女子に支持された。流行に敏感な女の子たちはショートカットにし、それは「キョンキョンカット」と呼ばれるようになった。ショートカットはさらにエスカレートして、84年3月にはカリアゲにして、世間を驚かせた。
小泉は10代女子の間で人気のあったファッション誌「Olive」に、頻繁に登場するようになった。このころから、男子が好む「カワイイ女の子」から、女子が憧れる「カッコイイ女の子」へと変わった。小泉今日子は愛玩されるアイドルではなくなったのだ。
中川右介(なかがわ・ゆうすけ)作家、編集者。出版社アルファベータ編集長。歌謡曲に論及した「松田聖子と中森明菜」「山口百恵」ほか、クラシック音楽、歌舞伎に関する著書多数。
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