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記事全文を読む→【街ブラルポルタージュ】「横浜カオス」なぜ彼らはこの街に惹かれるのか〈第2回・福富町(横浜市中区)前編〉(1)福富町という街の実態
横浜の夜には「表」と「裏」がある。福富町は、まさに「裏」を象徴する街だという。ここに生まれ育った者は、どのような景色や物語を成長とともに見てきたのか。近隣にはソープ嬢が暮らし、夜な夜な“真剣師”がカネを張る。行方不明者、殺し屋‥‥まさに混沌の人生劇場があった。
八木沢氏(50代男性・仮名)には中学生のころ、毎朝決まって顔を合わせる人がいた。
「朝起きて学校に行くぐらいの時間に、いつも掃除のおばちゃんみたいな女性が自転車に乗ってやってくるんですよ」
自転車を降りたおばちゃんが入って行くのは、八木沢氏の家の2軒隣の建物だった。その建物はソープランドである。
中学校のクラスメイトのひとりがふざけて、その店に行ったという話をしてきた。料金は8000円かそこらだったらしい。
「そしたら、母ちゃんぐらいのババアが出てきたって話をして。言われてみれば、8000円で若い女性が出てくるわけがない。そいつにその話を聞いてから、俺が毎朝会っているおばちゃんも“嬢”なんだなって」
以来、朝の通学路は少しだけ気まずいものになってしまった。八木沢氏が生まれ育ったのは、横浜・福富町。関内駅前にあるイセザキ・モールから一本裏の道へ入った歓楽街である。
福富町はコンプラ全盛期となった令和においても、横浜ではいまだに「修羅の街」などと言われている。それでも私は、この街で飲むと妙に落ち着く。
ここで生まれ育った人にとって、福富町はどんな街だったのか。それを知りたくて、50年前にこの街で生まれた八木沢氏に、街を案内してもらった。
イセザキ・モールを歩いていると「カトレヤプラザ伊勢佐木」のある角で、八木沢氏が裏通りを指さした。夕方の時間帯。伊勢佐木町には用もなく浮遊している「妖精たち」がたくさんいるのに、一本裏に入ると誰もいなくなる。
伊勢佐木町は昼の商店街で、夜の店はあまりない。その裏側に、スナックやソープランドがひしめく福富町が広がっている。両者の境目は、案外はっきりしているのだという。
「結構厳格に線引きされているんですよ。私が子どものころ、イセザキ・モールにあったのは、宝石屋とか鞄屋とか眼鏡屋とか、普通の商売をやっている店ばかり。で、この通りから向こうが福富町」
幕末に横浜が開港すると、幕府は外国人の居留地と外の世界を結ぶ吉田橋に関所を置いた。その内側が「関内」、外側が「関外」である。伊勢佐木町も福富町も関外にあたる。ところが、その関外の中にも、もう一本、線が引かれていたらしい。
國友公司(くにとも・こうじ)1992年生まれ。筑波大学芸術専門学群在学中よりライター活動を始める。著書「ルポ西成」「ルポ路上生活」「ルポ歌舞伎町」「西成ユートピア」「ワイルドサイド漂流記」。連載「日本場末スナック放浪記」など。
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