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記事全文を読む→北島康介「29歳の進化」 ライバル訃報で誓った“頂点”への決意(3)
圧倒的な強さを見せつけた
五輪イヤーの08年4月、筋力もついてパワーアップした北島は、日本選手権でさらに進化した泳ぎを見せた。100メートル準決勝では、前半が17で後半が19 とこれまでより少ないストローク数で泳ぎ、自己セカンドベストの59秒66をマークした。
翌日の決勝は力が入った泳ぎになって59秒67とタイムを落とす結果となったが、自分の泳ぎに徹すれば59秒台前半を出せる手応えを得た。さらに200メートルでは2分08秒84の日本記録を出し、ハンセンへもあと一歩と迫ることができた。
そして6月のジャパンオープンでは、さらなる進化を見せた。まだ泳ぎ込みの期間で肩も痛みだしている状態だったが、最初の100メートルでは59秒44の日本記録を出した。さらに大きな泳ぎに徹した200メートルでは、ハンセンの世界記録を1秒以上も更新する2分07秒51を叩き出したのだ。
ライバルのハンセンに対し、強烈なプレッシャーを与えられた。指導する平井伯昌が、北京の金を確信した瞬間だった。
高速水着問題でごたついた時期もあったが、「勝負するためにはスピード社のレーザーレーサーを着る」と決めてからは、スッキリした気持ちで北京へ向かえるようになった。
そんな北島へのさらなる追い風は、ハンセンが全米予選の200メートルで4位になり、北京五輪代表になれなかったことだ。200メートルにライバルがいなくなり、最初にある100メートルに集中できるからだ。そのアドバンテージをしっかりと生かした北島は、五輪前の最終合宿では、58秒台を出せるまでの手応えを得るまでになった。
3度目の五輪となる北京。平井と北島は自信に満ちあふれた状態で臨むことができた。予選の泳ぎを見て、ハンセンがもう強敵ではないことも判断できた。
北島が前半の27秒台の入りを意識しすぎて失敗した準決勝では、アレキサンダー・ダーレオーエン(ノルウェー)が59秒16の好タイムを出して、ライバルとして浮上してきた。だが北島と平井にとっては失敗レースが決勝への方針を決めさせた。さらにダーレオーエンの存在も、脅威というより刺激になっただけだった。
決勝で、北島はそんな心理状態のとおりの泳ぎをした。平井の「勇気を持って、ゆっくり、大きく泳げ」という指示を守ると、前半の50メートルは16と、100メートルでは自身最少のストローク数でいった。そしてターン後の浮き上がりで0秒18先行していたダーレオーエンを抜くと、あとはジワジワと差を広げ、2位に0秒29差をつける58秒91の世界新記録でゴールしたのだ。
長年のライバルであるハンセンも、2レーンからわざわざ5レーンの北島のところまで来てくれた。自分が達成できなかった58秒台と五輪連覇を祝福しに来たのだ。北島も、
「レース後、ハンセンが『よくやったな』と言ってくれた時は、本当にうれしかったし、ホッとした」
と振り返る。
続く200メートルは、「勝って当然」という気持ちで泳いだだけだった。世界記録を出したジャパンオープンと同じストローク数でまとめたレース。150メートル通過までは世界記録ペースを上回っていたが、ラスト50メートルでタイムを落とし、2分07秒64での優勝となった。2位のブレントン・リカード(オーストラリア)とは1秒24の大差をつける圧勝。
それでも北島は「いいレースはできたけど、思ったより最後が伸びなかった」と言い、平井も「正直、世界記録が出なくてという気持ちのほうがね・・・」と苦笑した。
余裕を持った2大会連続2冠達成だった。
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