小長啓一

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田中角栄 日本が酔いしれた親分力(18)構想が及ぼした意外な余波

72年6月20日、ついに「日本列島改造論」が書店に並んだ。小長らも「日本列島改造論」を手にして、感慨に浸った。「これはまさに洛陽の紙価を高める1冊となった」なお、この本は91万部も売り上げる大ベストセラーとなった。発売から数週間後の7月5日…

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田中角栄 日本が酔いしれた親分力(17)政策を形にした数々の協力

1日6時間ぶっ通しの田中によるレクチャーは、3日間も続いた。通産大臣室には、田中がレクチャーする内容に合った官僚たちが、その日ごとに集められた。企業局立地指導課長の浜岡平一をはじめとする関係局の課長、日刊工業新聞社の記者2~3人の、合わせて…

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田中角栄 日本が酔いしれた親分力(16)地方に賭ける6時間の熱弁

1972年の大ベストセラーとなった田中角栄の著書「日本列島改造論」。そこでは都会と地方の経済格差をなくすための交通・情報インフラ整備を促す明確なビジョンが示され、いち早く地方分権への道が模索されていた。この先見的な政策は、いかにして生み出さ…

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田中角栄 日本が酔いしれた親分力(9)番記者たちも田中のトリコに

田中は、通商産業省(現・経済産業省)の幹部職員たちとの宴席の場でも、他の宴席の場のようにふるまった。「俺が君たちのところを回るから、君たちはじっとしてろ」そう言って、一人ひとりを分け隔てすることなく、酒を注いで回った。「君、どっかで会ってる…

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田中角栄 日本が酔いしれた親分力(8)限られた時間を最大に活用

71年(昭和46年)7月、53歳で通商産業大臣に就いた田中角栄の秘書官として、小長啓一は仕えることになった。田中は、目白の田中邸で毎朝7時から9時頃までの2時間、1組3分、毎日40組、次々と訪問客たちの陳情を受ける。小長が〈なるほどなァ‥‥…

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