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1日6時間ぶっ通しの田中によるレクチャーは、3日間も続いた。
通産大臣室には、田中がレクチャーする内容に合った官僚たちが、その日ごとに集められた。企業局立地指導課長の浜岡平一をはじめとする関係局の課長、日刊工業新聞社の記者2~3人の、合わせて10人前後であった。
通産大臣秘書官として3日間、1日6時間に渡るすべてのレクチャーを聞いた小長は驚くしかなかった。
〈もう、すごい‥‥すごいとしか言えない〉
それほど、田中の頭の中には、国土開発の構想がしっかりと描かれていた。
〈大臣の国土開発に懸ける思いは、血肉化しているんだな〉
田中が語った話はスケールが大きく、はるかに通産省の枠をはみ出していた。テーマによっては、建設省の道路局や河川局、運輸省の鉄道監督局、経済企画庁、大蔵省の領域のものがある。それら関係省庁の協力を仰がなければならない。
小長は、各省庁の担当局長、課長に電話を入れた。
「田中大臣の指示により、産業サイドから見た国土開発をまとめているんですが、資料をいただけますか?」
小長が細かく説明するまでもなく、担当局長や課長は即答した。
「わかりました。あなたが欲しい資料は××の視点からの××の資料でしょう」
「はい、そうです」
「明日にでも届けますよ」
あまりのあっけなさに、小長はビックリした。本来なら、通産省の一官僚である小長が、他省の局長や課長に電話を入れ、資料を頼んだとしても、それを受け入れてくれることなどない。それなのに、小長の要求は想像していたよりもスムーズに承諾してくれる。
むしろ、相手側が乗り気になっているのだ。
「田中さんが、そういうことをする気になったんだ。そうとあれば全面協力だ」
決して田中が根回ししていたわけではない。それでも、小長が驚くくらいにどの省庁も協力的で、小長のもとに必要な資料を届けてくれる。しかも、田中の発想に基づいた最新の資料ばかりだ。小長が客観的に見ても、目新しく映る部分が相当あり、田中がレクチャーした以上の内容まで盛り込まれている。
これができるのも、田中がそれまでに築き上げてきた人脈があってこそのことである。小長は、田中の人脈の広さを思い知らされていた。
〈国土開発のあらゆる省庁に、田中さんの思想が浸透している。そして、田中シンパがいるんだな〉
その集まった最新の資料を整理し、小長はそれぞれの担当者に割り振っていった。そのメンバーの中には、作家であり経済評論家でもある堺屋太一──後に国務大臣、経済企画庁長官も務める池口小太郎の姿もあった。当時、大臣官房企画室企画主任だった池口には、日本経済の成長率関連の執筆が割り当てられた。
しかし、71年が終わると、田中の秘書の早坂茂三が、小長をせかした。
「オヤジは総裁選に立候補するかもしれない。この本を立候補宣言用の材料にする。出版は3月だ。急いでほしい」
小長らは土日も忘れて、突貫工事で執筆作業に没頭した。
72年(昭和47年)3月、小長たちは、次期首相を目指す田中の政策構想をまとめた原稿を入稿した。原稿は校正を経て、日刊工業新聞社から出版されることになった。書名は「日本列島改造論」。
日本全体の工業化を促進し、日本を均衡化していこうというものである。東京、大阪、名古屋など一部の大都市の経済を発展させるのではなく、全国の経済を発展させる。いわば、地方分権のはしりであった。
公害など環境問題が出てくることも予見されていたが、それを処理することも示されていた。経済の成長だけではなく環境問題にも配慮する、時勢に合った政策でもあった。
出来上がった本を見て、田中も喜んだ。各省庁から提出された最新の資料のおかげで、田中が想像していた以上にイメージが膨らみ説得力を増していた。
作家:大下英治
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