武田鉄矢のモノマネでブレイクし、バラエティー番組を中心に活躍するも、破天荒な私生活を暴露されて‥‥。「元祖・クズ芸人」と呼ばれた男は心機一転、不動産業界で営業の才能を開花させていた。
「毎朝9時前には出勤していますよ。社員全員で掃除をするのが決まりで、私は脚立に乗って店舗の窓をピカピカに磨いています。夏場は会社のポロシャツですが、それ以外の季節はスーツにネクタイ。これが絶対的なルールなんです。早起きにもだいぶ慣れましたよ。つい先日、社員旅行で韓国に行きましたが、それに加えて年2回はみんなでゴルフをするんです。接待じゃないですよ。本気でゴルフの腕を競うから面白いんです」
こう話すのはお笑いタレントの三又又三氏(58)=以下敬称略=。23年11月から千葉県船橋市に本店を構える不動産会社に勤務。会社の公式サイトのスタッフ紹介ページには、スーツ姿の写真とともに、
〈担当したお客様の笑い声を聞きたくて、一生懸命、謙虚にそして感謝の気持ちを忘れずに精進致します〉
とのメッセージが掲載され、その肩書を見ると「企画 開発部」とある。いったいどんな仕事?
「開発部の仕事っていうのは、要するに土地の仕入れですね。大手の不動産会社に『いい土地ないですか?』って聞いて回るわけです。うれしいことに、ちょうど所長クラスのお偉いさんが“三又直撃世代”で、『え?三又さん!』と驚いてくださって、掘り出し物を紹介してくれることも‥‥。本当にありがたいですよ」
三又が就職したきっかけは、かねてから親交があった今の勤務先社長のこんな一言だった。
「うちで働いてくれませんか?」
当時の心境を三又はこう振り返る。
「突然のお誘いでした。それまでは自分がGMを務めるプロレス団体のチケットを買ってもらったりしてたんですよ。だから最初に言ったのは、『ちょっと待ってくださいよ』と(笑)。車の免許もない。パソコンも触ったことがない。もちろん宅建(宅地建物取引士)の資格だってない。それでも『大丈夫、大丈夫』とおっしゃってくださって入社を決めました。いちばん苦労したのはパソコン。どうしたら電源が入るのかもわからなくて、年下の先輩社員に『どこ押せばいいんですか?』って聞いたらギャグだと思われたみたいで『そういうの、いいですから』って(笑)。みんなが両手でカシャカシャと文字を入力しているのに、私だけ人差し指1本でピ‥‥ ピ‥‥ピですからね。今も人差し指1本でやってますけど、スピードはだいぶ速くなりましたよ」
業界歴1年半という三又には忘れられない顧客がいる。入社したての頃、店舗で留守番をしていた時に賃貸物件を探しにやってきた若いカップルだ。
「とりあえずお茶を出して応対したんですけど、ちょうど賃貸部の先輩が出払っていて、自分は右も左もわからない。先輩の携帯に電話すると、『戻るまでに1時間はかかるから、三又さん、何とかつなげておいて』と。1時間ってつなぎとかそういうレベルじゃないですよね。でもカップルの男性に『今度、単独ライブがあるんですよ〜』って話したら、『どんなライブですか?』って、すごく食いついてきて。それで2人の前でライブ用のネタをやりきったんです。気づいたら2時間経ってました(笑)」
その後、賃貸部の先輩社員に引き継ぎ、そのカップルは無事にマンションへの入居が決まる。2人が入籍したことを知ったのは半年後のことだった。
「自分もいろいろツラいことが重なって、『ああ、もうダメだ』って完全に“辞めるモード”でした。それを聞きつけた賃貸部の人が『寂しいこと言わないでくださいよ。あのカップル結婚したからお祝いのケーキ持って行きましょうよ』って誘ってくれたんです。それで『これを最後の仕事にしよう』と心に決めて、サプライズでケーキを届けたらすごく喜んでくれて、その家を出る時には、もう少し頑張ってみようって思えたんです」
これには後日談がある。三又の勤務先は、この夫妻の散歩ルートで、会うたびに言葉を交わしていた。ある日、三又が「家賃いくらだっけ?」「この先考えたら買ったほうがよくない?」と提案すると夫人は「私もそう思います」と即答。トントン拍子で新築一戸建ての契約につながった。
「今まさに建築中で、そろそろ仕上げに入る頃です。感慨深いですよ。最初に賃貸で出会って、それから結婚して、今度は自分を信じて家を買ってくれたんですから。完成したら、その新居で2人のために“三又又三リビングライブ”を開催する予定です」
新居購入の特典が家人限定のお笑いライブとは! まさに芸人の真骨頂。そんな三又は宅建士の資格取得に向けて猛勉強中だ。
「実際、資格がなくてもある程度の業務はできるんですけど、勉強が苦手な私の背中を押してくれたのが柔道家の小川直也さん。昨年、4度目のチャレンジで合格したんですよ。試験が10月にあるんですけど、周囲から『1日5時間は勉強しないと無理だよ』なんて言われて、自分でも『無理!』と思いながら机に向かっています」
三又に社会で成功する秘訣を聞くと、「コミュニケーション能力」の大切さを説く。
「営業マンもお笑いも他人とコミュニケーションが取れなかったら無理ですよ。陰気な人と楽しい人、どちらと一緒にいたいですか?考え方はいたってシンプルで、特別講師を務めていた東京農業大学の学生にも就職面接の“極意”を伝えましたよ。百戦錬磨の面接官の前で会社をヨイショしたって受からないって。自己PRや自慢話なんて誰も聞きたがりません。『私はバカで愚かでどうしようもない奴なんです』って、明るく笑い飛ばせる人間が合格するんです。死にたいくらい悲しかった出来事が、あとになって大きな笑いになることって、あるじゃないですか。そういう点で、私は芸人のスキルが不動産の仕事に最大限活かされていると思います。そうでなきゃ、初対面のカップルと2時間もしゃべれませんよ(笑)」
そんな三又は、6月28日公開のドキュメンタリー映画「選挙と鬱」(ノンデライコ)に出演。22年参院選で水道橋博士(62)の当選を後押しした“人たらし”の魅力に触れてほしい。