20世紀最大級のミステリーと言われてきた、イギリス・スコットランドのネス湖に生息するという未確認動物(UMA)の「ネッシー」に、再び熱い視線が注がれている。いったいなぜか。一時期は目撃情報が激減し、専門家からは死亡説や、人間の活動を警戒して...
記事全文を読む→「夏の甲子園第76回大会」史上初!決勝戦で満塁本塁打を放った佐賀商
過去に夏の甲子園決勝で満塁本塁打は3本飛び出しているが、その第1号を放ったチームが大会3日目の第1試合に登場する佐賀商である。この満塁本塁打は同時に佐賀県勢に、春夏通じて史上初めての甲子園優勝をもたらす記念碑弾となった。1994年第76回大会のことである。
この大会は、開幕前に有力候補に挙げられたチームが次々に敗退するという波乱の大会となった。ベスト4に残った中で優勝候補の一角として名前が挙がっていたのは樟南(鹿児島)のみ。残りの3校は戦前にいずれも伏兵扱いされていた佐久(現・佐久長聖=長野)、柳ケ浦(大分)、そして佐賀商だった。
ベスト4に3校が残るなど、九州旋風が巻き起こったこの大会。その中でも佐賀商は開会式直後の第1試合に登場し、浜松工相手に2年生エース・峯謙介の好投もあって6‐2で勝利する。この年の佐賀商はレギュラー9人中3年生が4人しかいないという若いチームだった。経験値が不足するチームだったが、甲子園初戦突破、しかも開幕戦での勝利ということもあり、ここから波に乗ったのだ。
続く2回戦も関西(岡山)を6‐1、3回戦の那覇商(沖縄)戦も2‐1と鮮やかな逆転勝ちを収め、準々決勝の古豪・北海(南北海道)との一戦も6‐3と快勝。あれよあれよという間にベスト4へと進出したのだった。
その準決勝の佐久戦。佐賀商は2回表に1点、最終回にも追加点の1点を許し、最後の攻撃を残して0‐2とリードされる苦しい展開となっていた。だが、その土壇場9回裏に追いつき、続く10回裏に劇的なサヨナラ勝ち。1回戦終了後に“調子のいい順”に大幅に並べ替えたという打順が効果的に得点を重ね、2年生エース・峯の投球術も冴えてはいたが、ここまで来るとただの勢いだけではない“神がかり的な強さ”が佐賀商には取り憑いていた。
そして迎えた決勝戦。相手は優勝候補の中で唯一、ここまで危なげなく勝ち進んできた樟南となった。春夏の甲子園通じて史上初の“九州・頂上決戦”である。当然、戦前の予想は、前年から甲子園を沸かせていた福岡真一郎-田村恵(元・広島)のバッテリー擁する樟南の圧倒的有利。その予想通りに佐賀商は2回裏、樟南打線に峯が4安打を集中され3点を先制されてしまう。だが、佐賀商も6回表に反撃。4長短打をたたみかけて一気に同点に追いついた。その裏、ふたたび守備の乱れから1点の勝ち越しを許すも、8回表に3番・山口法弘にタイムリーが飛び出して、再び同点に。そして4‐4のまま、最終回の攻防へ。
運命の最終回。9回表佐賀商、最後の攻撃で、その口火を切ったのがここまで力投を続けてきた峯のバットだった。この右前安打から2死満塁という絶好の勝ち越しのチャンスを作ったのだ。ここで打席に入ったのが2番・キャプテンの西原正勝。その西原のバットが、福岡の投げた渾身の内角低めのストレートを捉える。鋭い金属音がすぐに歓声と悲鳴にかわり、白球は左中間スタンドへと吸い込まれていった。夏の甲子園史上初の決勝戦グランドスラム。その裏の樟南の攻撃を峯が3人で抑え、佐賀商が夏の甲子園初優勝を成し遂げたのである。それは同時に1922年の夏の選手権第8回大会で佐賀中(現・佐賀西)が県勢で甲子園初出場を果たして以来の県民の悲願が叶った瞬間でもあった。
あの快進撃からもう24年。今年の佐賀商は果たしてどこまで勝ち進めるのだろうか。
(高校野球評論家・上杉純也)=敬称略=
アサ芸チョイス
「ゾンビたばこ」と呼ばれる指定薬物「エトミデート」は、広島カープに大きな衝撃を与えた忌まわしいブツだ。元広島カープの羽月隆太郎氏にこれを譲り渡したとして医薬品医療機器法違反の罪に問われた会社役員・滝口涼介被告の初公判が9月16日に広島地裁で...
記事全文を読む→沖縄県の新知事、古謝玄太氏の周辺がキナ臭くなっている。9月13日の沖縄県知事選では開票0%で当選確実が出たが、9月16日にX上で「浮島龍美」を名乗る人物が古謝氏の家族の通学先、関係先を特定、拡散。17日になってもネット上の愉快犯が浮島氏の投...
記事全文を読む→長年、親しまれた「Suicaのペンギン」の後釜は、どのキャラになるのか。JR東日本が進める「Suica」の新キャラクター選びが、思わぬ波紋を広げている。現行のペンギンは2001年のサービス開始から、カードや駅の案内でおなじみの存在。今回の交...
記事全文を読む→

