太陽系のように、太陽の近くには水星や地球のような小柄な岩石惑星があり、遠くには木星や土星のような巨大なガス惑星が鎮座する。これまでは、これが宇宙の普遍的なルール、いわば「銀河の交通整理」だと信じられてきた。ところが今年4月、ESA(欧州宇宙...
記事全文を読む→ザ・ドリフターズ 仲本工事が明かす「全員集合」裏話(5)「55号」に対抗した「全員集合」
クレージーキャッツを追いかけながらビートルズと同じステージに立ち、コント55号への「刺客」に選ばれたドリフ。「全員集合」放送開始から50年の今、大ブレイクのきっかけ、メンバー交代の真相から「ドリフ後」までを、仲本工事が語り尽くした。
大先輩のバンド、ハナ肇とクレージーキャッツは正統派のジャズバンド、ドリフターズの音楽はロックやウエスタンです。クレージーと比べて、ボクらがやっていたのは庶民的な音楽でした。大学4年でドリフに入ってから「8時だョ!全員集合」がスタートする69年までの5年近くは、自分たちで楽器を運んで夜行列車で移動して、地方公演に出かけていました。「目指せ! クレージー!」という意気込みでやっていたけど、到底、追いつかないという感じでしたね。
今から思えばすごいのは、ドリフが66年に来日したビートルズの前座で歌ったこと。3日間の公演のうち、ボクらのステージは日本テレビ系列で放送された日です。62年から始まった「ホイホイ・ミュージック・スクール」(日本テレビ系)というオーディションの番組に出ていたのがよかったのかな。いわゆる素人のど自慢番組で、参加するのは3組。ちょっとしたコントもやって、加藤が「加トちゃん、ペッ!」のギャグを始めたのはこの頃なんだよ。加藤はアイドルみたいに、人気になっていました。ビートルズの前座は「ホイホイ」の関係者が推薦してくれたんだと思う。
ビートルズの公演では彼らとは会っていません。もちろん部屋は別々だし、廊下には幕が張られていたからね。加藤はトイレでポール(・マッカートニー)と偶然、一緒になったみたいだけど。僕らのステージは登場から引っ込むまで1分半もなかった。ボーカルはボク、歌ったのはドリフのコントではいちばん短い「のっぽのサリー」。司会者はE・H・エリックさん。ボクらの正式名は「ザ・ドリフターズ」だから、エリックさんがまず「ザ」と言うわけ。その途端にギャーという歓声が武道館に響き渡った。「ザ・ビートルズ」かと勘違いしたファンが多かったわけよ。そのうち「あれ、違うんじゃない」という感じで、歓声が小さくなったけど。
当時は仕事の一環で歌ったくらいの感覚だったけど、折に触れて映像が流れる。やってよかったと思います。
63年には始まったばかりの「大正テレビ寄席」(テレビ朝日系)に、コメディーバンドのドリフがよく呼ばれて、評判になりました。TBS系では土曜昼に「ドリフターズドン!」という番組もやるようになって、徐々に人気が出るようになっていた。そんな中で68年に始まったのが「コント55号の世界は笑う」(フジテレビ系)です。「全員集合」はこの裏番組として、プロデューサーの居作昌果さんが企画したもの。ただ、ボクらは当時、渡辺プロの社員だから、新しい番組が始まるんだといった程度の感覚しかなかったけど。
最初は放送作家の先生が台本を書いて、ボクらはその通りにやっていました。でも、それじゃ面白くならないというので、いかりやさんがプロデューサーと話をして、自分たちで考えたコントをやるスタイルに変えていったんです。
峯田淳(コラムニスト)
アサ芸チョイス
AIは本当に人類を終わらせるのか。専門家のとある主張が世界を震撼させている。その「AI終末論」は、AI開発企業アンソロピックに勤めていた元研究員、ジェイコブ・コクソン氏によるもの。Xで「AI研究関係者の多くが、AIは今後10年以内に人類を破...
記事全文を読む→「ゾンビたばこ」と呼ばれる指定薬物「エトミデート」は、広島カープに大きな衝撃を与えた忌まわしいブツだ。元広島カープの羽月隆太郎氏にこれを譲り渡したとして医薬品医療機器法違反の罪に問われた会社役員・滝口涼介被告の初公判が9月16日に広島地裁で...
記事全文を読む→20世紀最大級のミステリーと言われてきた、イギリス・スコットランドのネス湖に生息するという未確認動物(UMA)の「ネッシー」に、再び熱い視線が注がれている。いったいなぜか。一時期は目撃情報が激減し、専門家からは死亡説や、人間の活動を警戒して...
記事全文を読む→

