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記事全文を読む→昭和の「激アツ刑事ドラマ」主役を総直撃<誠直也>「ゴレンジャー」終了直後に大人のドラマに抜擢
女子供を寄せつけない硬派なテイストながら、実に10年ものロングランになったのが「特捜最前線」(77~87年、テレ朝系)だ。猪突猛進型の吉野刑事を演じた誠直也(72)が、異色のドラマの全貌を語る。
「ほかの刑事ドラマに比べて、派手なアクションシーンは少なかったね。それよりも、いかに本格的なシナリオにするかを狙っていたと思うよ」
二谷英明を中心に、藤岡弘、西田敏行、大滝秀治ら重厚な役者がそろった。放送時間帯も夜10時と遅いため、シリアス路線を狙っていたと誠直也は言う。
誠は戦隊モノの元祖である「秘密戦隊ゴレンジャー」(75~77年、テレ朝系)の主役・アカレンジャーを演じて人気を博した。その前にも「仁義なき戦い 頂上作戦」(74年、東映)など若いヤクザ役も多かったが、初めての刑事役はどうだったのか。
「ヤクザもヒーローも刑事も、裏返せばどれも同じだよ(笑)。ま、刑事役は一度はやってみたかったくらいで、特に気負いもなかった」
演じたのは、熱血漢の吉野刑事。もともとアクションを得意としていたため、トラックの運転席から飛び降り、並走する貨物列車の無蓋車に飛び乗る場面をスタントマンなしで演じている。
「別のロケで飛び降りたら鉄骨があって、それで脚を陥没骨折したこともあったよ。そのまま黙って撮影は続けたけどね」
こうした奮闘むなしく、番組開始時は1桁の視聴率が続いた。ところが、2年目あたりから上昇し、80年代に入ると常時20%台を記録する。
「打ち切りもささやかれていたのに、どうして上がっていったのか俺にもわからん。長坂秀佳さんや竹山洋さんとか、脚本家の力はあったとは思う」
石原プロのように、役者たちが「一家」を構えていたわけではない。それでも、チームワークはよかった。
「二谷さん自身がお酒を飲まない人だから撮影後に打ち上げという習慣はなかったけど、逆に気楽でよかったかもしれないね」
誠は初回から約9年間を吉野刑事として打ち込んだ。ただし、年間をフルに出続けることは体力や気力との闘いでもあった。
「さすがに、もう十分にやったかなと思って降板を申し出たんです。そっと異動するような形で去りたかったけど、脚本の竹山さんが『殉職編を作ろうよ』と言いだして、拳銃事件で殉職するシーンになったんです」
同時期、同局でオンエアされていた「西部警察」には、物量作戦ではかなわない。誠も演じるにあたって「なぜ、この犯人はこういうことをやったのか」を、セリフに出さなくても深く掘り下げて考えていたという。
ちなみに夫人とは、このドラマでの共演を機に結ばれた。
「その前の『ゴレンジャー』から『特捜最前線』で、ファン層を広げてもらったことに感謝しています」
当時と変わらぬ精悍な表情でそう結んだ。
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