連れ合いの従姉Aさんが小脳と大脳の出血で倒れたのは、昨年3月のことだ。帰宅途中に体調が悪くなったので、必死の思いで自力で救急車を呼び、一命を取り留めることができたが、一時は生命の危機が迫る事態だった。お見舞いに行こうと思っていたのだが、コロ...
記事全文を読む→東尾修の「温情」がカムバック賞に導いた!?あの鈴木健の動画回顧が感動モノ
元プロ野球選手・鈴木健氏といえば、浦和学院高校時代には、1986年、87年の全国選手権に連続出場し、高校通算83本塁打は、清原和博氏の64本をも凌ぐ、当時の日本最多記録であった。
87年のドラフト会議で1位指名を受けて西武ライオンズに入団。95年からは5年連続で3ケタ安打を放つなどの活躍を見せたが、2002年に転機が訪れた。伊原春樹氏が新監督に就任し、シーズン終了後にはヤクルトスワローズに金銭トレードとなったのだ。
そんな鈴木氏が、元プロ野球選手・大久保博元氏のYouTubeチャンネル〈デーブ大久保チャンネル〉に出演。02年の開幕戦では2安打の活躍を見せるも、翌日の試合ではベンチスタートなど、伊原監督とのソリが合わなかったのであろう胸の内を告白するも、“ヤクルトに移籍できて感謝”だったと明かしている。
5月8日付けの〈第五話 金銭トレードの真相(後半)〉とのタイトルで公開された投稿回でのことだが、鈴木氏は、「セ・リーグに行かしてもらって、セ・リーグの野球も見れたし、いい思いをさせてもらったっていうのも、ずっとライオンズにいたら多分味わえなかっただろうし」と振り返った。巨人戦は地上波で放送されていた時代。西武で4番を打っている時よりも知名度は上がったとも口にしており、それが発奮材料になったのか、03年は鈴木氏にとってプロ野球人生最高の153安打を放ち、打率は「.317」の大活躍で、カムバック賞を受賞した。
この動画の中では、鈴木氏のヤクルト移籍の口利きをしたのは、01年まで西武で監督を務めた東尾修氏であったことも明かされている。前年まで監督を務めた東尾氏の「温情」が鈴木氏のカムバック賞を呼び込んだのであろう。感動的な話が拝聴できた。
(ユーチューブライター・所ひで)
アサ芸チョイス
昨年あたりから平成レトロブームを追い風に、空前の「シール」ブームが続いている。かつては子供向け文具の定番だったシールだが、今や「大人が本気で集めるコレクターズアイテム」として存在感を放つ。1980年代から90年代を思わせる配色やモチーフ、ぷ...
記事全文を読む→鉄道などの公共交通機関で通勤する人が、乗車の際に使っている定期券。きっぷを毎回買うよりは当然ながらお得になっているのだが、合法的にもっと安く購入する方法があるのをご存じだろうか。それが「分割定期券」だ。これはA駅からC駅の通勤区間の定期券を...
記事全文を読む→今年も確定申告の季節がやってきた。「面倒だけど、去年と同じやり方で済ませればいい」と考える人は少なくないだろう。しかし、令和7年分(2025年分)の確定申告は、従来の感覚では対応しきれないものになっている。昨年からの税制の見直しにより、内容...
記事全文を読む→

