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記事全文を読む→斉藤由貴が報道陣を驚かせた「尾崎豊との小樽密会」超アッケラカン弁明/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史
これまで3度の不貞報道があり、「恋多き女」と呼ばれた斉藤由貴。「FRIDAYデジタル」で、夫とは別の男性との「恵比寿ランチデート」が報じられたのは、昨年3月のことである。だが、これはタイトル通り「ただ食事をしただけ」で、前回のようなヤケドを負うこともなかったようだ。
最初のスキャンダルは、1991年に発覚した尾崎豊との密会だった。2人は月刊誌「カドカワ」の対談で出会い、半年後に神奈川県葉山でのレストランデートが、写真週刊誌「FOCUS」にキャッチされる。
ただ、この時は「決定的な証拠」がなかったことから、同年3月1日、映画「おいしい結婚」のロケ先、鎌倉で会見に臨んだ彼女は、
「私ってスキャンダルがあまりないので、(記事を見て)面白いなぁって思いました」
と、まるで他人事のように笑顔で否定。
しかし、その1カ月後、「FRIDAY」が、北海道小樽市のガラス工芸展で寄り添う2人のホームビデオ映像をスクープ。斉藤は再び、緊急会見に臨んだ。
「本当に仲良しなんです。私も学生時代、変わっていると言われてイジメられたし、それで同志みたいな感じで…」
そして「結婚したいという気持ちは?」と聞かれると、
「だって(彼は)結婚しているじゃありませんか。でも、あるかなぁ、ないかなぁ」
その言葉に、集まった報道陣は驚いたのだった。
そんな斉藤のもとに尾崎の死が伝えられたのは、翌92年4月25日夕方のことだった。その日、彼女はテレビ朝日六本木センターのリハーサル室にいた。番組スタッフは当時、私の取材にこう答えている。
「尾崎さんの訃報を聞くと、斉藤さんは両手で顔を覆って30分以上座り込んだまま、背中が小刻みに震えていました。結局、プロデューサーが撮影続行不可能と判断し、他の出演者にも中止を通達したんです」
その時点で2人の関係がどうだったかはわからない。ただ、後日執り行われた尾崎の通夜、告別式に斉藤が現れることはなかった。
ちなみに、斉藤のデビューシングルは「卒業」だが、同じ1985年、尾崎も「卒業」という楽曲をリリースしている。もちろん偶然の一致だろう。だが聴き返すと、どちらの曲も「卒業」を感動の別れとして歌っていないことに気付く。それどころか、醒めた視線で捉えているのだ。そんな世界観が2人を「同志」と感じさせたのだろうか。
斉藤は2021年2月、デビュー35周年を記念して、セルフカバーアルバム「水響曲」を発売した。その1曲目に収録されたのが、この「卒業」だったのである。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。
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