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記事全文を読む→プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈張本勲が前人未踏の「3000本安打」を達成〉
「3番・DH」の張本勲は打球が右翼最上段の金網を直撃したのを確認すると、ヘルメットを夜空に放り投げた。
日本プロ野球は1934年に誕生したが、46年目にして前人未踏の大記録が生まれた。通算「3000本安打」である。
80年5月28日、川崎球場でのロッテ対阪急(現オリックス)11回戦だった。
「3000本のうち楽に打ったのは20本くらい。あとは投手に全神経を集中して必死になって打ったものだ」
6回裏一死二塁、阪急の3番手・山口高志の初球は真ん中高めの速球だった。
これを体の中心がぶれない完璧なスイングで捉えた。「安打製造機」の集大成でもあった。
この年の1月5日、張本は巨人からロッテへの金銭トレードによる移籍の発表記者会見で爆弾発言した。
「巨人が間違った方向に行っているのが気がかりです。それをほとんどの人が気づいていない。2年くらい前から気づいていた。偉い人に何度か会った時、参考意見として言ってある」
巨人批判とも取れる発言は長々と続いた。それは衝撃的だった。
張本は巨人移籍4年目の79年5月、左目に異常を覚えた。「中心性網膜炎」と診断されて治療に専念した。8月に復帰したが、77試合に出場し、シーズン安打数は60 で打率2割6分3厘、8本塁打、32打点に終わり、翌年の戦力構想から外れた。
同年オフ、韓国出身のロッテのオーナー・重光武雄が巨人オーナー・正力亨に「張本を譲ってほしい」とトレードを申し入れた。
張本は「巨人のユニホームを脱ぐ時は野球を辞める時」と考えていたが、監督の長嶋茂雄は「来季のレギュラーは無理」とチームの現状を説明し、引退を考え直すよう説得してロッテへの移籍を勧めた。
長嶋は78年から将来を見据えて若手育成へと舵を切っていた。折しも巨人はオフに「江川事件」を起こし、球界の盟主からの転落と批判されてもいた。
79年も若手の成長に期待したが、ベテラン勢の衰えが顕著でシーズン半ばで首位争いから脱落し5位と低迷した。
長嶋はこの年の秋、静岡県・伊東で若手17人を選んで猛烈キャンプを張った。本格的な世代交代を図ったのだ。
張本はオーナー同士から始まったトレード話であり、念願の3000本安打まで39本と迫っていることなどから引退を回避し、ロッテへの移籍を受け入れた。
あの爆弾発言は愛着がある巨人への「喝」だったのだろう。
張本は40年6月19日、広島市で在日韓国人夫婦の次男として誕生した。
4歳の冬にヤケドのため右手の小指と薬指がついたままになり、左利きへ転向、5歳の時に被爆した。さらに6歳で父を病気で失い、一家は苦労した。
地元の松本商(現瀬戸内高)に入学したが、大阪の強豪・浪華商(現大阪体育大浪商)に編入した。2年生で4番を打った。181センチ、85キロと大柄である。
58年11月、浪商の先輩である山本八郎を慕って東映(現日本ハム)に入団した。契約金は200万円だった。
東映では松木謙治郎が「二人三脚」で指導に当たった。松木は張本の才能を見抜いた。右手の力が並以下と気づくと、右手1本の素振りを連日連夜課した。
基本的にはなんでも右へ引っ張る打法を叩き込んだ。後年、松木は「外角攻めにあって左へ流す技法は張本の工夫と努力だ」と語っている。
59年、打率2割7分5厘、13本塁打、57打点で新人王に輝いた。
61年に3割3分6厘で首位打者、62年は3割3分3厘、31本塁打で水原茂が率いる東映の優勝に貢献、MVPを獲得した。
プロ12年目の70年、張本は開幕から打ちまくった。「史上初の4割打者誕生か」と日本中大騒ぎとなった。
最後は息切れして「夢の4割」はならなかった。それでも、最終の阪急戦で5打数4安打して3割8分3厘4毛とし、51年に大下弘が作った3割8分3厘1毛の記録を3毛差で破り新記録を作った。
86年、阪神のランディ・バースに抜かれるまで(3割8分9厘)守った。現在でも歴代4位である。
右手のハンデを克服し、やや体を開きながらもジャストフィットする「広角打法」は至芸の一語だった。
初安打は新人の59年、開幕2試合目で阪急・秋本祐作からの二塁打だった。
師の松木は「本塁打を打たなくてはならない王よりヒット一筋の張本のほうが選手寿命は有利だろう」と予言した。実際に王は80年限りでバットを置いたが、張本は81年もバットを握った。最後の安打は8月20日、西武の森繁和からの右前打だった。
実働23年で通算3085安打はNPB歴代最多だ。本塁打504本、通算打率3割1分9厘は歴代3位である。
3割は16度、67年から4年連続を含む史上最多の7度の首位打者に輝いた。
特筆すべきは「500本塁打、300盗塁」だ。長打力と走力を併せ持ったことを証明するNPB唯一の記録である。
(敬称略)
張本さんは26年9月9日、球史に大きな足跡を残して永眠した。86歳だった。合掌。
猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。
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