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記事全文を読む→プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈田中将大が前人未踏のシーズン24勝無敗を達成〉
どんなに偉大な投手でも、シーズンでは何度か負けるものだ。
だが、ただの一度も負けなかった投手がいる。レギュラーシーズンを24勝無敗1セーブで終えたのだ。
2013年、プロ7年目の楽天・田中将大(現巨人)である。
9月13日、Kスタ宮城での楽天対オリックス19回戦だった。この年、楽天は監督3年目の星野仙一が指揮を執り、球団創設9年目にしてパ・リーグ初優勝に向けて走っていた。田中が試合後、「21」の数字が入った記念の丸いボードを掲げた。
先発して10安打2失点で、8度目の完投勝利を挙げた。これは開幕から同一シーズン最多連勝の日本記録となった。
57年に西鉄(現西武)の稲尾和久が打ち立てた「20」を塗り替えた。
オ 0 0 0 0 0 0 1 0 1=2
楽 0 0 0 0 2 3 1 0 ×=6
それでも田中の表情は曇っていた。
「完封しないとダメだと思うので、すごく悔しいです」
記録についてはこう言った。
「数字というものは後からついてくるものです。もてはやされていますが、関係なくしっかり投げることができればいいと思います」
シーズン序盤は不調だった。この年の「第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の出場選手に選出されたが、中継ぎに回った。田中は悶々とした気持ちで開幕を迎えた。「春先は状態が悪かった。ごまかしながらやっていました」と語っている。
調子が上昇カーブを描き始めたのは、5月下旬から6月にかけてだった。エースの復調で、チームも浮上して7月4日には念願の首位に立った。
8月9日、田中はプロ野球新記録となる開幕16連勝を達成した。
07年から、プロ入り当初の監督は野村克也だ。田中に関してこんな名言を残した。
「マー君、神の子、不思議な子」
同年、11勝7敗で新人王を獲得したが、負けていた状況で降板しても、その後に打線が援護して黒星を消したことが何度もあった。必死で投げる姿に、打線がなんとかしようと奮起した結果だった。
13年はその面影がなかった。150キロを超える剛速球、しかも外角低めにビシッと決める制球力もあった。ボールゾーンに沈むスプリット、外角低めへのスライダー、さらには緩急をつけるためのカーブ、チェンジアップと球種も多彩だった。打者を早めに追い込んで、狙いを読み取る。裏をかく。球数が減り完投完封が増えて、連勝が積み重なっていった。
9月26日、西武ドームでの西武対楽天22回戦は、楽天が優勝マジックを「2」として迎えた。田中は救援で待機していた。1-3とリードされた場面でブルペンに向かった。
球場の雰囲気、流れが変わった。楽天は7回に4-3と逆転し、2位のロッテも敗れて舞台が整った。
星野は9回のマウンドに田中を送った。1死二、三塁の大ピンチに栗山巧、浅村栄斗に対し真正面から勝負を挑んだ。
8球続けて150キロを超える直球を投げて、連続三振に仕留めて胴上げ投手となった。セーブのおまけ付きだ。
そして10月8日、Kスタ宮城での楽天対オリックス22回戦に先発した。シーズン28試合目の登板である。
試合後には「24」の数字が入った丸いボードを掲げたのだった。
7回を4安打2失点で、開幕から24連勝を飾った。12年シーズンを4連勝で終えているから、28連勝である。ともに自身が持つプロ野球記録を更新したのだった。
「1試合1試合に集中して臨んだ結果です。ローテを守ってマウンドに立ち続けられたことが一番です」
田中には強い「負けじ魂」があった。
小学校時代に所属したチームでは、巨人の坂本勇人が投手で自身は捕手だった。
駒大苫小牧高時代の06年、3年夏の甲子園決勝では斎藤佑樹(のちに日本ハム)を擁する早稲田実業と対戦したが、引き分け再試合の末に敗れた。斎藤の引き立て役のようになってしまった。プロ入りしたのは当時、弱小球団の楽天だった。高卒1年目からスーパールーキーとしてチームの将来を背負ってきた。
11月3日、田中は巨人との日本シリーズ最終第7戦、3-0の9回にマウンドに上がった。
前日、160球を投げていた。しかも先発して先制点をもらいながら逆転負けし、12年8月以来の黒星がついた。
だが、球場のファンが登場曲を大合唱して迎えた。
「あの声援は本当に力になって、最後の一押しをしてくれた」
言葉通りに試合を締めた。球団創設9年目で初の日本一を、11年の東日本大震災で傷ついた東北に届けた。
ロッテとのクライマックスシリーズ・ファイナルSでは、第1戦で先発して完封勝ちし、中3日で登板してセーブを挙げ、初の日本シリーズ進出を決めた。
13年の田中は、3度胴上げ投手となった。日本での集大成イヤーだった。
田中はMVPなど主要な賞を軒並み獲得し、シーズン終了後にはポスティング・システムでニューヨーク・ヤンキースに入団した。
14年から20年までの在籍7年間で、通算4度の開幕投手に選ばれた。うち15年から17年までは、3年連続である。メジャーの名門で‥‥夢のような話だ。
14年から19年まで6年連続2ケタ勝利も見事の一語である。
田中は21年に楽天に復帰したが、24年に自由契約となり巨人に移籍した。
今年9月30日、東京ドームでの中日戦で、王手をかけてから4度目の先発で日米通算200勝を達成した。野茂英雄、黒田博樹、ダルビッシュ有に次いで、史上4人目の快挙だった。
(敬称略)
猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。
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