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Posted on 2025年09月21日 06:00

プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈鈴木啓示が宣言通りの「3000奪三振」達成〉

2025年09月21日 06:00

 近鉄、いや日本球界の左腕エース・鈴木啓示にとって、1984年は最も脚光を浴びたメモリアルイヤーとなった。

 9月1日、大阪球場での南海(現ソフトバンク)対近鉄の第22回戦。2回裏無走者、早くも“ヤマ場”が訪れた。

 鈴木が史上4人目の3000奪三振をかけて南海の主砲、左のDH・門田博光と対峙していた。すでに1回、先頭打者のジェフ・ドイルから2999個目の三振を奪っている。

 鈴木がプロ19年目、門田は15年目でともに36歳である。コースを攻め、緩急をつけてフルカウントとなった。鈴木が左腕を思い切り振った。ブンッと、スイング音が聞こえた。

 門田のバットは渾身の真っすぐに空を切っていた。鈴木が左手を突き上げた。この瞬間、大記録が生まれた。

近 0 3 0 0 4 1 0 0 0=8
南 0 1 0 3 0 0 0 0 0=4

 この試合、鈴木は完投で14勝目をマークし、自ら花を添えた。

「こんなにすがすがしいことはない。目いっぱい振ってくれた。義理も人情も知っている男や。感謝するよ」

 684試合目の達成だった。初奪三振は66年5月17日の対東映(現日本ハム)戦で、宮原秀明から記録している。

 鈴木は奪三振を「得意の絶頂、恍惚の瞬間」と表現している。最終的には奪三振記録を3061まで伸ばしている。

 奪三振記録は1位・金田正一4490、2位・米田哲也3388、3位・小山正明3159、そして鈴木が4位で続く。5位は江夏豊の2987である。

 鈴木の門田への感謝には理由があった。

 同年5月5日、藤井寺球場での近鉄対日本ハム4回戦、鈴木は完投勝利で4勝目を挙げて、プロ野球史上6人目の通算300勝に到達した。

 65年のドラフト会議で育英高から2位で近鉄に入団すると、66年にはいきなり10勝を挙げた。

 剛速球が大きな武器だった。翌67年からは5年連続で20勝以上、6年連続リーグ最多奪三振を記録した。

 さすがに速球主体の投球では思うように勝てなくなった時期もあった。

 だが、74年に監督に就任した西本幸雄が粘り強く技巧派への転向を勧めた。奪三振数こそ減ったが、77年に20勝、78年に25勝と、最多勝に輝いた。

 もっとも、81年には5勝に終わった。プロ16年目にして初の1桁勝利だ。エースとして勝てなくなった。

 ユニホームを脱ぐことを考えたが、西本が「辞めるのはいつでもできる。ここからはもうちょっと厳しい道を歩んでみたらどうか」と諭したという。

 この時点で通算271勝だったが、この言葉を糧に痛風と戦いながらも厳しい道を選んだ。

 300勝を挙げても「通過点や」とウイニングボールをスタンドに投げ込んだ。

 鈴木は3000奪三振の記録が近づくと、記者たちに宣言した。

「記念の三振は門田博光から記録したい。ストレートで奪いたい」

 これを聞いた門田も意気に感じてこう応じた。

「それならフルスイングで受けて立ちましょう」

 門田は鈴木が最も高く評価する打者だった。170センチ、81キロと決して大柄ではないが、スイングは超一級であり、バットのヘッド回転も鋭い。パ・リーグを代表するホームラン打者である。

 81年に44本、83年には40本で2度の本塁打王に輝いていた。

 鈴木が最も本塁打を打たれた左打者は門田(14本)であり、門田が最も三振を喫した投手は鈴木(52個)だった。

 同年齢の2人は、若い頃からしのぎを削るよきライバルだった。

 鈴木がフルカウントから投げる球はストレートと決まっていた。宣言通り、内角ギリギリのコースに来た。三振をすれば鈴木の3000奪三振の相手として永遠に名前が残る。

 門田は意に介さなかった。フルスイングで応じた。鈴木の3000奪三振を盛り上げ、自身の魅力を改めてファンに知らしめたのである。

 鈴木は同年、最終的に16勝を挙げた。公共広告機構のCMにも起用され、中高生にこんな言葉を呼びかけた。

「投げたらアカン」

 イジメ防止キャンペーンのフレーズであり、一度や二度の失敗であきらめないことの大切さを若者たちに訴えた。

 この言葉は中高生だけではなく、幅広い世代の共感を呼んで、同年の流行語大賞に選ばれた。

 また、どんなに困難な環境でもたくましく生き抜く根性や精神を表す「草魂」を座右の銘とした。

 鈴木は翌85年7月9日、後楽園球場での対日本ハム戦に先発したが、3回でKOされた。この日、限界と悟った。翌10日には電撃的に「現役引退」を表明した。

 引退を西本に報告に行くと、かつての師からは勝負師の目ではないと指摘され「ご苦労さん」と労われたという。

 300勝の時、ウイニングボールをスタンドに投げ入れたが、前だけを見続けてきて最後の登板のボールだけは大事に持ち帰った。

 現役生活20年でマークした317勝(238敗)は金田正一の400勝、米田哲也の350勝、小山正明の320勝に続く4位の成績である。

 2度のノーヒットノーランを達成し、通算無四球試合78は日本記録であり、そしてもう1つは─。

 被本塁打数が560本。2位の山田久志の490本を大きく突き放して1位だ。打者に対して真っ向勝負を挑み続けた、逃げない男の姿を雄弁に物語っている。

 (敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり

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