スポーツ
Posted on 2025年09月07日 06:00

プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈長池徳二VS大杉勝男「本塁打王5年戦争」〉

2025年09月07日 06:00

 1972年10月15日、西宮球場での阪急(現オリックス)対ロッテ26回戦はシーズン最終戦である。

 今、筋書きのない本塁打王争いがフィナーレを迎えようとしていた。

 4回、打席に立った長池徳二(のちに徳士に改名)は落ち着き払っていた。マウンドには八木沢荘六が立っていた。

 2回の第1打席では、フルカウントから内角のスライダーを捉えて左翼席にソロ弾を叩き込んでいた。これは本塁打王争いで東映(現日本ハム)の大杉勝男と並ぶ40号だった。

 さて、第2打席である。カウント2-1からの4球目はチェンジアップだった。

 思い切り引き付けて振り切った打球は左中間席で弾んだ。41号。

ロ 1 0 0 0 0 0 1 0 0=2
阪 0 1 0 1 0 1 0 0 ×=3

 長池が大杉を抜いて「2年越しの因縁」に決着をつけて単独トップに立ち、69年以来、2度目の本塁打王を獲得。大杉の3年連続本塁打王を阻止した。

 7月16日の時点で大杉は27本、長池は12本だった。シーズン前半で15本差あったものを引っ繰り返した。これは今なお破られていない記録である。

 長池は試合後の取材にこう答えている。

「最終戦で2本も打てるとは、自分でもびっくりしている」

 そして静かに続けた。

「大杉はさぞかし残念やろうね。たった1本差なのだから‥‥」

 当時、パ・リーグの本塁打王といえば南海(現ソフトバンク)の野村克也だった。野村は61年から68年まで8年連続で本塁打王を獲得していた。だが、2人の若きスラッガーがその背に迫っていた。

 長池と大杉である。69年からの5年間で長池が3度、大杉が2度本塁打王に輝いている。

 2人には共通項が多かった。ポジションは長池が外野、大杉は一塁だったが、ともに右の4番打者であり、年齢も近い。生まれは長池が44年2月、大杉は45年3月。1歳違いである。

 長池は徳島県・撫養高(現・鳴門渦潮高)から法政大学を経て65年にドラフト1位で阪急に入団した。64年には東京六大学の首位打者を獲得している。

 大杉は岡山県・関西高校から63年に丸井に入社したが、64年にチームが解散したため東映にテスト生として入団した。

 67年、2人はともに27本塁打を放ち、スラッガーとしてレギュラーに定着。

 また、2人にはそれぞれ名伯楽がいた。

 長池の師は、5度の本塁打王に輝いたヘッドコーチの青田昇である。監督の西本幸雄が「日本人の長距離砲に育てたい」と65年から指導を任せたのである。

 大学時代は首位打者を獲ったものの、通算本塁打は3本だった。課題は内角打ちだったが、青田の徹底指導で克服した。

 大杉の師は打撃コーチの飯島滋弥である。52年には打率3割3分6厘で首位打者に輝いている。飯島の大杉への名語録は、いまだに語り継がれている。

「大杉、あの月に向かって打て!」

 68年9月某日、後楽園球場での試合だった。この日の大杉は4タコだった。振り遅れて、打球が左翼方向へ飛ばない。後楽園の左中間上空に月が出ていた。飯島が自信なさげに打席に向かう大杉に、月を指差しながら授けた言葉だった。

 大きな気持ちで打席に立ち、打撃フォームを小さく固めず、伸び伸びとバットを振れという意味だった。

 以来、アッパースイングに磨きをかけて打撃開眼し、大打者に育っていく。

 この2人が最も熱く燃えたのが71年と72年だった。

 71年、2人の本塁打王争いは最終戦までもつれた。大杉は先に日程を終えていて、本塁打数は41本でトップだった。

 一方、長池は1本差の40本。10月6日の対西鉄(現西武)最終戦に全てをかけることになった。

 監督の西本は打席を増やそうと、4番ではなく1番に起用した。公式戦初のことだった。ところが、これは空回りに終わる。試合は延長11回までもつれ、6度打席が回ってきたが、内野安打1本に終わった。

 大杉の2年連続本塁打王が決まった。

 長池は「調子は良かったが力み過ぎてしまった」と話すと、スポーツマンらしく大杉を称えた。

「おめでとう。また来年挑戦するよ」

 そして冒頭に記した72年、1年前と同じ状況が巡ってきた。長池は急造の1番ではなく、いつも通りの4番に座った。そして勝った─。

「たったの1本差なのだから‥‥」

 これは1年前の雪辱を果たした言葉だった。

 長池は阪急一筋14年間で1390安打、338本塁打、通算打率2割8分5厘の成績を残し、2度のMVPに輝いた。

 大杉は73年に日拓、74年に日本ハム、さらに75年から83年までヤクルトに在籍した。パの10年間で1171本、ヤクルトの9年間で1057本、その合計安打数は2228本。セ・パ両リーグで1000本以上打った唯一の男である。引退会見の席でこんな俳句を披露した。

「さりし夢 神宮の杜に かすみ草」

 大杉は1メートル81センチ、体重は88キロ、頑健な肉体の持ち主だった。パワーファイターで、ケンカ最強伝説を残している。乱闘では常に主役。だが、気は優しくて力持ちの典型だった。普段は明るく、必ず味方を守った。

 かすみ草の花言葉は「幸福」「感謝」「清らかな心」「無邪気」である。ユニホームを脱ぐ心境を重ねたのだろう。

 大杉は92年4月30日、肝臓ガンのため他界した。享年47歳だった。

 あの大杉が‥‥誰もがその早すぎる死に驚き悼んだ。

 (敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり

全文を読む
カテゴリー:
タグ:
関連記事
SPECIAL
  • アサ芸チョイス

  • アサ芸チョイス
    社会
    2025年03月23日 05:55

    胃の調子が悪い─。食べすぎや飲みすぎ、ストレス、ウイルス感染など様々な原因が考えられるが、季節も大きく関係している。春は、朝から昼、昼から夜と1日の中の寒暖差が大きく変動するため胃腸の働きをコントロールしている自律神経のバランスが乱れやすく...

    記事全文を読む→
    社会
    2025年05月18日 05:55

    気候の変化が激しいこの時期は、「めまい」を発症しやすくなる。寒暖差だけでなく新年度で環境が変わったことにより、ストレスが増して、自律神経のバランスが乱れ、血管が収縮し、脳の血流が悪くなり、めまいを生じてしまうのだ。めまいは「目の前の景色がぐ...

    記事全文を読む→
    社会
    2025年05月25日 05:55

    急激な気温上昇で体がだるい、何となく気持ちが落ち込む─。もしかしたら「夏ウツ」かもしれない。ウツは季節を問わず1年を通して発症する。冬や春に発症する場合、過眠や過食を伴うことが多いが、夏ウツは不眠や食欲減退が現れることが特徴だ。加えて、不安...

    記事全文を読む→
    注目キーワード
    最新号 / アサヒ芸能関連リンク
    アサヒ芸能カバー画像
    週刊アサヒ芸能
    2025/9/2発売
    ■620円(税込)
    アーカイブ
    アサ芸プラス twitterへリンク