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Posted on 2025年08月10日 06:00

プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈鉄人・衣笠祥雄が連続試合出場記録を更新〉

2025年08月10日 06:00

 衣笠祥雄がワンボールから3球続けて空振りした。三振だ。マウンドには江川卓が立っていた。

 広島市民球場がドッと沸いた。惜しみない拍手が球場を包んだ。衣笠はしばらく打席で動けなかったが、やっとの思いで一塁側ベンチに歩き出した。

 と、その時だ。相手側の巨人監督・長嶋茂雄をはじめ、選手全員が背番号「3」に対して大きな拍手を送った。

 1979年8月2日、広島での広島対巨人18回戦、7回に代打で登場した衣笠は、悔しさを滲ませながらこう言った。

「残念だけど仕方ない。思い切ってバットが振れない。でも、出るからには痛いなんて絶対に言えない」

 前日の同カード、17回戦は荒れに荒れた1戦となった。

巨 0 0 0 4 3 0 0 1 0=8
広 0 0 0 1 0 0 6 0 1=8

 事件は7回裏に起こった。22試合ぶりに先発した入団5年目の西本聖が、6点のリードをもらいながら突然崩れた。

 先頭の三村敏之の左腕にシュートが突き刺さった。死球にうずくまった。さらに2死一塁、代打・萩原康弘が苦悶の表情で右腕を押さえた。2個目だ。

 球場に不穏な雰囲気が広がった。まさか‥‥そのまさかがヤジと怒号の中、次打者・衣笠で現実となった。

 衣笠はそれまで3タコ。打ち気にはやっていた。西本はその気持ちを読み、1-1からの3球目にシュートを投げた。避けきれず、左肩下を直撃した。ひっくり返った。顔は真っ青で脂汗が流れていた。

 リーグ新の1イニング3死球となった。

 監督の古葉竹識、広島ナイン、さらに広島ファンに共通の不安がよぎった。

 大記録更新の中断だ。連続試合出場記録である。

 70年10月19日、後楽園球場の巨人26回戦から始まり、この時点で1122試合目に当たっていた。

 79年時点の連続試合出場記録は飯田徳治(南海‒国鉄)の1246試合である。衣笠が骨折でもしていたら、飯田をあと124試合と追い上げたところで無念の欠場を強いられる。

 西本はすぐに駆け寄り「すいません、すいません」と頭を下げた。

 広島ベンチからコーチの田中尊が飛び出し、捕手の吉田孝司に食ってかかった。右手が飛んだ。

 吉田もすぐに応戦した。田中の首筋にワンパンチ、キックボクシングまがいのケンカとなった。

 これを合図に両軍ナインが一斉にベンチを蹴った。あとは本塁付近で、両軍入り乱れての殴り合いの大乱闘だ。審判団が必死で割って入り、3分で収まった。

 その後、試合は広島が逆襲して同点となり、最後は両軍ともに1点ずつ取り合って、3時間半を超えてのドローとなった。

 衣笠は乱闘が起こる直前、西本に文句を言うどころか「大丈夫、ボクはいいからすぐにベンチに戻りなさい」と声をかけている。西本の身の危険を案じたのだ。

 衣笠は病院で「左肩甲骨亀裂骨折」で全治2週間と診断された。

 この時、脂が乗った32歳。中学から野球を始めて捕手となった。平安高校時代は4番を打ち、64年に春夏甲子園に出場。同年、広島に入団した。

 68年に内野手に転向して、主に三塁のレギュラーポジションを獲得した。

 プロ野球選手としては小柄なタイプだったが、ずば抜けて体が頑丈だった。負傷しても休まず、74年までの背番号「28」から「鉄人」と呼ばれた。

 衣笠は入院せずに、広島市内の自宅に戻った。午後11時過ぎに電話が入った。

 古葉からだった。ケガの状態を聞きもしなければ、連続試合出場に関しても一切口にしない。短く言った。

「明日、球場に出て来いよ。どんな格好でもいいんだ」

 翌2日、衣笠は午後3時過ぎにロッカーに現れた。ナインは仰天した。上半身が包帯でぐるぐる巻きだった。

 古葉は3‒4と1点を追う7回1死から、大野豊の代打に衣笠を送った。温情でもあったが、鉄人は普段と変わらなかった。

 とてもバットを振れる状態ではなかった。巨人の先発、江川は慎重に150キロの真っすぐを外角へ投げた。内角を攻めるワケにはいかない。

 1球目、衣笠はそれでもバットを振った。空を切った。ボールが捕手・吉田のミットに入ってからだった。

 左肩下の骨が折れているのに、左腕1本で振った。2球目、3球目も同じだった。

 衣笠は医師から診断を聞かされた瞬間、記録は絶望だと思った。しかし、古葉からの電話に気持ちが変わった。まさに「言葉は力なり」である。

 広島はこの試合を落とした。この時点で、首位は中日。広島は4位だった。

 だが、衣笠の打席での鬼気迫る表情はナインを奮い立たせ、逆転優勝への引き金となった。さらに4日のヤクルト戦からフル出場して、周囲を驚かせた。最大の危機を乗り越えて、出場記録を重ね続けた。

 87年6月13日、広島球場での広島対中日10回戦、衣笠は連続試合出場2131の世界記録を達成した。当時、ルー・ゲーリッグの2130を抜いたのだ(現在はカル・リプケン・ジュニアの2632試合が世界記録)。

 あの3球三振については、こう語った。

「1球目はファンのために、2球目は自分のために、3球目は西本君のために振った」

 西本はシュートを武器に活路を見出そうとしていた。右打者の内角に投げられなければ、プロで生きていけない。

 死球をぶつけられても相手を責めず、プロの大先輩として若い西本を気遣ったのである。

 鉄人はまた人格者でもあった。87年、プロ野球界では王貞治に次ぐ2人目の国民栄誉賞を授与された。

 連続試合出場は2215試合だった。

 (敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり

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