WBC準々決勝が行われたローンデポ・パークの三塁側ダグアウト。指名打者の大谷や控え野手がベンチ最前列に陣取り、グラウンドに向かって声をかける姿が、配信中継画面に映し出された。そのすぐ後ろに陣取っていたのがA氏だ。 「Aは侍ジャパンの公式ジャ...
記事全文を読む→カネと疑惑にまみれた国会議員は爪の垢を煎じて飲め!清廉潔白すぎる大名の生涯
最初で最後の信濃国田野口藩主・大給恒(おぎゅう・ゆずる)、旧名・松平乗謨(まつだいら・のりかた)は、なんとも清廉潔白な元大名だった。
日本赤十字社の前身・博愛社の設立と育成に貢献。佐野常民が「日赤の父」と呼ばれたのに対し「日赤の母」と呼ばれた人物だ。
老中、若年寄、そして陸軍総裁など江戸幕府の要職を歴任した恒は当初、名門・大給松平家に流れをくむ三河国奥殿藩の8代藩主だった。
奥殿藩は、三河国額田郡の奥殿陣屋(現在の愛知県岡崎市奥殿町)に藩庁を置いていた。だが、信濃国佐久郡(現在の長野県佐久市)にも領地があり、そちらの方が実際は大きかった。
そのため、文久3年(1863年)ごろに藩庁を移転。これを契機に、田野口藩となったのである。慶応3年(1867年)には城郭内の御殿が完成したが、間もなく明治維新を迎えたため、城郭は未完成のままだったという。
慶応4年(1868年)、戊辰戦争を契機に陸軍総裁、老中を辞任。幕府との決別を表明するため、松平から大給へと改姓した恒は明治6年(1873年)、新政府からメダイユ取調御用掛を命じられて、世界の勲章制度に関する調査を開始した。
以降、それに関わる仕事に人生を捧げ、明治28年(1895年)には賞勲局総裁となった。そして明治40年(1907年)には、賞勲制度の確立を認められて華族、伯爵となったのである。
賞勲に関わる職を歴任していたことから、「李下に冠を正さず」を実践した人物だった。宮中三大節、観桜、観菊などの宮中行事には顔を出さず、他人との交際も絶っていたという。まさに謹厳実直を絵に描いたような生活ぶりだった。
政治と金の問題が世間を騒がせることの多い今の政治家には、爪の垢でも煎じて飲ませたい、旧大名家のお殿様だろう。
(道嶋慶)
アサ芸チョイス
阪神ファンゆえに、イジメにあう。そんな子供時代を過ごしたのは、タレントの千秋だ。今でこそ猛烈な阪神ファンのタレントとしての地位を築いているが、そこに至るまでにはツライ体験があったという。それは3月14日の「せやねん!」(MBSテレビ)で、W...
記事全文を読む→毎年ホワイトデーにオリコンニュースから発表される「男性が選ぶ恋人にしたい有名人ランキング」。19回目となる今年の1位に輝いたのは、吉岡里帆だった。5年連続1位獲得により、吉岡は今回で「殿堂入り」となった。庇護欲をくすぐる困り顔、柔らかそうに...
記事全文を読む→小栗旬が年内公開の日米合作映画「バッド・ルーテナント:トウキョウ」で、ハリウッド女優リリー・ジェームズとダブル主演する。同作は1992年の「第45回カンヌ国際映画祭」で話題になった映画「バッド・ルーテナント/刑事とドラッグとキリスト」(アベ...
記事全文を読む→

