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記事全文を読む→「世代論」で読むプロ野球〈大谷・誠也世代〉(4)高校最強と世界最強の“間”に
そして藤浪の「高校最強」は、プロ入りと同時に消えた幻でもなかった。阪神では高卒1年目から3年連続で2ケタ勝利を挙げ、早い段階で一軍のエース格へ駆け上がった。その後の野球人生に浮き沈みがあったとしても、10代後半から20代前半に示した即戦力性は、この世代でも際立っていた。
大谷のその後の活躍を知る私たちは、過去をさかのぼって大谷中心に並べ替えたくなる。12年の藤浪との対戦も、「大谷が本塁打を打った試合」として見直されがちだ。だが、それでは高校野球の時間を壊してしまう。あの試合で勝ったのは藤浪であり、春も夏も最後までマウンドに立ったのも藤浪だ。未来の大谷がどれほど巨大でも、12年の甲子園を支配した事実までは奪えない。
逆に言えば、甲子園を制したからといって、その後の序列まで保証されるわけでもない。高校野球は選手の最終試験ではない。18歳の春や夏に、たまたま開かれる一つの窓だ。そこから見えるのは、その時点の完成度、チームとの相性、短期決戦での強さであって、10年後の到達点ではない。藤浪の9勝0敗は真実であり、大谷の未完成も真実であり、鈴木が甲子園に届かなかったことも真実だった。そして3つの真実は、互いを否定しない。
この世代が「新人類」に見えるのは、単に身体が大きく、球が速く、打球が飛ぶからではない。役割を固定しなかったからだ。大谷は投手と打者の境界を消した。鈴木は投手からメジャーの強打者へ自分をつくり替えた。
藤浪は高校野球が求める絶対的エース像を極限まで体現し、その実績を携えてプロ、そして海の向こうへ進んだ。三者三様だが、共通するのは「最初に貼られたラベルより、もっと遠くへ行こうとしたこと」である。
だから94年度生まれを語る時、藤浪の春夏連覇は脇役にはならない。むしろ、物語の出発点だ。世代最強だった藤浪が頂点に立ち、大谷が地方大会で160キロを投げ、鈴木が甲子園の外でバットを振っていた。同じ夏、三人の未来はまだ交わっていない。それが10年後には、そろって世界へつながっていく。
世代の呼び名は、成績表ではなく編集作業でもある。12年夏だけを切り取れば、明らかに「藤浪世代」だった。プロ入り後の数年を見ても、その呼称には十分な説得力があった。
ところが時間が進むにつれ、大谷が二刀流で常識を壊し、鈴木が右打者として世界の投手に挑み、見出しの中心は少しずつ移っていく。世代名が変わったのは、過去が誤りだったからではない。物語に新しいページが増え続けたからだ。
高校時代の序列は、間違っていたのではない。ただ、途中経過だった。12年の最強は藤浪だった。そして、その結論をいったん認めたうえでなお、世界は大谷と鈴木に別の答えを用意していた。勝った者だけが未来を独占せず、負けた者も、知られていなかった者も、後から競技の基準そのものを変えていく。そんな予測不能さこそ、「大谷・誠也世代」と呼ばれる94年組の、いちばん新しいところなのである。
ゴジキ:野球評論家・著作家。「データで読む甲子園の怪物たち」(集英社新書)ほか著書多数。「マネジメント術で読むプロ野球監督論」(光文社新書)が重版出来。発売前から重版となった最新刊「システムで読む甲子園」(カンゼン)が絶賛発売中。Yahoo! ニュースエキスパート。
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