社会

エリート僧侶に転身も室町幕府に呼び戻された6代将軍・足利義教は「パワハラの権化」

 籖(くじ)引きで室町幕府第6代将軍になった足利義教は、元僧侶らしからぬ「究極のパワハラ」男だった。

 室町幕府将軍15人の名前を羅列するのは難しい。せいぜい初代・足利尊氏、金閣寺を作った3代・義満、銀閣寺を建てた8代・義政、そして最後の将軍・義昭の4人ぐらいだろう。

 だが15人もいれば、中にはかなりやらかした将軍も。そのひとりが6代・義教(よしのり)だ。義教は義満の五男で第4代・義持の異母弟である。

 義教は応永10年(1403年)、京都にある天台宗の「青蓮院」に入室し、同15年(1408年)に得度して、門跡=いわゆる住職となった。この時点の名前は義円だが、これで完全に将軍の後継者レースから外れたはずだった。

 その後、僧侶としてトントン拍子に出世し、同26年(1419年)には、第153代・天台宗座主に登り詰めた。「天台開闢(かいびゃく)以来の逸材」とも呼ばれ、一時は大僧正を務めたのだから、日本の仏教界ではエリート中のエリートと言っていい。

 だが、第5代・義量が同32年(1425年)に急死。実権を握っていた義持も病気となったことから急遽、後継者を決めなくてはいけない事態となった。ところが義持は、日に日に病状が悪化しても後継者の指名を拒否したまま、亡くなってしまった。

 慌てた管領・畠山満家ら幕閣の中枢にいた人間たちが協議し、石清水八幡宮で義持の弟4人の名前を書いた籖を用意。ご神託で第6代将軍を決めることになった。この籤引きは出来レースとも言われているが、当選した義円は還俗(げんぞく)して義宣(よしのぶ)と名を変え、第6代となった。ところが義宣は「世を忍ぶ」に通じるということで、その後、義教と名を変えた。

 この将軍は、パワハラの権化のような男だった。中山定親の「薩戒記」など当時の史料には、様々なパワハラ行状が書かれている。

 侍女にお酌が下手だと難癖をつけたあげく、暴力を振るい、髪の毛を切ったのは序の口だ。説教した日蓮宗の僧侶・日親に熱湯を頭からかけ、しゃべれないように舌を切ったこともあった。処罰した人間は公卿、神官、僧侶など、最低80人以上だったとされるが、一説にはその倍はいたとも言われている。

 やりたい放題で「万人恐怖」と恐れられていたが、最期は家臣・赤松教康宅での宴会中に乱入してきた安積行秀に、首をはねられたという。

(道嶋慶)

カテゴリー: 社会   タグ: , ,   この投稿のパーマリンク

SPECIAL

アサ芸チョイス:

    「男の人からこの匂いがしたら、私、惚れちゃいます!」 弥生みづきが絶賛!ひと塗りで女性を翻弄させる魅惑の香水がヤバイ…!

    Sponsored

    4月からの新生活もスタートし、若い社員たちも入社する季節だが、「いい歳なのに長年彼女がいない」「人生で一回くらいはセカンドパートナーが欲しい」「妻に魅力を感じなくなり、娘からはそっぽを向かれている」といった事情から、キャバクラ通いやマッチン…

    カテゴリー: 特集|タグ: , , |

    今永昇太「メジャー30球団でトップ」快投続きで新人王どころか「歴史的快挙」の現実味

    カブス・今永昇太が今季、歴史的快挙を成し遂げるのかもしれないと、話題になり始めている。今永は現地5月1日のメッツ戦(シティ・フィールド)に先発登板し、7回3安打7奪三振の快投。開幕から無傷の5連勝を飾った。防御率は0.78となり、試合終了時…

    カテゴリー: スポーツ|タグ: , , |

    因縁の「王将戦」でひふみんと羽生善治の仇を取った藤井聡太の清々しい偉業

    藤井聡太八冠が東京都立川市で行われた「第73期ALSOK杯王将戦七番勝負」第4局を制し、4連勝で王将戦3連覇を果たした。これで藤井王将はプロ棋士になってから出場したタイトル戦の無敗神話を更新。大山康晴十五世名人が1963年から1966年に残…

    カテゴリー: エンタメ|タグ: , , , , , |

注目キーワード

人気記事

1
しれっと復帰の三浦瑠麗さん、「6.21地上波テレビ出演」の渡部建に「鋼のメンタル」を与えてやって!
2
2026年WBC「ピッチクロック採用」に猛反対する日本球界の交換条件は「大谷翔平DHルール」
3
今江敏晃監督の「超冷酷采配と大バクチ」で一気に浮上した楽天に「ひとりカヤの外」の男
4
「ヤリ投げ投法」で故障離脱のドジャース・山本由伸に「球団が契約破棄できるオプトアウト条項」あり
5
鉄道ファン騒然「青春18きっぷ」夏用の販売中止を裏付ける「決定的証拠」が出た!