何でも値上がりする物価高ニッポン!バカ高いランチ代に頭を悩ませている人も多いだろう。しかし、諦めるのはまだ早い。探せばそこかしこに“コスパ最強メニュー”があるのだ。フードアナリストの重盛高雄氏がボリューム、価格、味を吟味し、満足...
記事全文を読む→武田久美子のチョー大変で理不尽だった国際離婚の「公開決別宣言」/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史
10代でアイドルとしてデビューするも、グラマラスなボディーで世の男性たちをトリコに。その人気を決定的づけたのは、89年に出版した写真集での「貝殻ビキニ」だ。元祖グラドルとして一世を風靡した、武田久美子のことである。
武田は29歳の時、カリフォルニア在住で4歳上のビジネスマン、ジェームス氏とハワイで知り合い、遠距離恋愛の末、00年に結婚した。当時、ジェームス氏はサンディエゴの製薬会社部長の職にあったが、武田が渡米し、02年に長女が誕生。結婚から10年を経て、夫は化粧品会社の副社長になっていた。アメリカでは成功者に寄り添う妻を「トロフィーワイフ」と呼ぶが、彼女もそんなセレブ妻として、誰もがうらやむ毎日を送っている、と思われていた。
ところが突然、自身のブログで「離婚調停中」であると告白したのは、14年7月3日。その3日後の7月6日、新刊ムック発売記念サイン&握手会を開くとあり、さっそく筆者も東京・新宿地下街の特設会場へ駆けつけることに。
当時、武田は45歳。出産後にもかかわらず、そのグラマラスな美貌は健在で、詰めかけた女性ファンの間からもため息が漏れる。そして記者会見に臨んだ彼女は離婚問題に触れ、
「現段階で、離婚協議は6合目から7合目」
として、笑顔でその経過を説明した。
「考え方の違いです。すれ違いが広がって大きくなって、最終的には愛情が全くなくなりました。昨年の暮れに夫から、『まだ若いし、終止符を打とう』と言われたので『OK、そうしましょう』と伝えました」
ただ、国際離婚は国際結婚の何十倍ものエネルギーを要するとのことで、
「カリフォルニアの法律では、どんなにお互いに非があったとしても財産は半分、親権も半分。今まで出張でほどんど家にいなかったのに、むこう(ジェームス氏)に主導権があるのは腑に落ちない。生まれ変わっても、一緒にはなりません。グッバイ、ジェームス!」
なんと、公開決別宣言である。ただ、離婚後については、
「一生、独りでいようとは思っていません。次はハーフとかがいいですね。頑張ります!」
それから2年後の16年1月、情報番組「ノンストップ」(フジテレビ系)にアメリカから衛星中継で出演した武田は、夫と離婚が成立したことを生報告。
「(弁護士費用は)一軒家は買えないまでも、クルマはもちろん買えますね。やっと終わって、本当にすっきりしています」
その満面の笑顔に、女の強さを感じたのである。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。
アサ芸チョイス
今年も園遊会に招かれなかった。いつかお声がかかる日が来るかもしれないと、ブックオフで値下げされていた「皇室入門」という新書まで購入し、熟読しているのに、いまだお呼びがかからない(笑)。ちなみに園遊会とは天皇・皇后両陛下が各界の功労者らを招き...
記事全文を読む→10月30日に秋季キャンプを始動させた巨人の映像が流れ、高橋由伸ヘッドコーチと清水隆行打撃チーフコーチの就任が紹介された直後だった。11月1日放送の「サンデーモーニング」(TBS系)で駒田健吾アナウンサーが「上原さんは、ピッチングコーチは?...
記事全文を読む→脳梗塞で療養中だった伊達みきお(サンドウィッチマン)が、10月31日の「サンドウィッチマンザ・ラジオショーサタデー」(ニッポン放送)で、2カ月ぶりに復帰した。「さあ、時刻はお昼の1時を回りました。こんにちは。サンドウィッチマンの伊達みきおで...
記事全文を読む→

