社会
Posted on 2023年06月11日 17:58

「秀吉」を名乗った幕末の「エキセントリックな殺人芸妓」が異常な人気を得るまで

2023年06月11日 17:58

 これは理由なき殺人なのか──。

 幕末から大正時代にかけて、豊臣秀吉にあやかり「秀吉」と名乗っていた芸妓がいる。川口松太郎の小説「明治一代女」のモデルとなった、花井お梅だ。本名はムメという。

 この「明治一代女」はのちに脚色され、1935年(昭和10年)に大ヒットした歌謡曲「明治一代女」、1959年(昭和34年)に勝新太郎らが出演した映画「情炎」などの題材になった。

 お梅は15歳で柳橋の芸妓小秀となり、18歳で新橋へ移ると、秀吉を名乗った。美貌で気っぷのいい新橋芸妓として人気は高かったが、エキセントリックな性格に加え、酒乱だったという。

 美貌を武器に銀行の頭取に身請けされ、浜町に待合「酔月(酔月楼)」を持たされて主人になった。絵に描いたような玉の輿だが、歌舞伎役者の4代目・沢村源之助に入れあげたのが、運の尽きだった。この源之助は江戸最後の女形といわれ、錦絵にもなったほどのイケメン役者である。

 2人の関係はたちまち世間に知られることとなり、大トラブルに。この一件でワリを食ったのが、源之助の付き人・八杉峰三郎だった。

 哀れに思ったのか、お梅は峰三郎を自分が座敷に出る際に、三味線の入った箱を持たせる箱屋として雇った。ところが1888年(明治21年)6月9日、お梅は事件を引き起こす。浜町河岸で峰三郎を刺してしまったのだ。峰三郎はその場は逃げ延びたが、のちに死亡。お梅は元佐倉藩の下級武士だった父親に連れられて自首するも、動機は今現在も明らかになっていない。「ほんのはずみ」説が有力だ。

 お梅は無期懲役となったが、刑期中もその動向は話題になった。釈放されたのは15年後の1903年4月。40歳になっていたが、出獄を見ようとヤジ馬が殺到したため、時間を早め、裏口から出されたという。

 9月には今の台東区千束に汁粉屋を、神田須田町付近に洋食屋を開店。お梅見たさに一時、客が集まったが、長く続かず、店じまいしている。1916年(大正5年)夏、新橋で秀之助と名乗り芸妓に戻っていたが、その年の12月13日、肺炎のため世を去った。53歳だった。

(道嶋慶)

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