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記事全文を読む→貴乃花「初恋の相手」は宮沢りえじゃなかった!? 30年ぶり「再会婚」美談に影を落とす大人の事情
9月28日に発覚した元横綱・貴乃花(51)の再婚。お相手が「30数年ぶりに再会した初恋の人」とあって、「奇跡的な大人の恋の物語」と芸能界は祝福ムード。が、角界からはこの美談に対し「波瀾万丈だった人生の心の支えは、アノ人では?」との物言いがついた。
事の発端は今年3月9日、各界のレジェンドが洒落た赤い椅子に座ってインタビューを受けるYahoo!JAPANのオリジナル動画「RED Cha ir」への出演だった。スポーツ紙記者が話す。
「そこで淡い初恋エピソードを告白。『17歳の頃、人目を気にせずデートできたことが一度だけあり線路に横たわって遊んだ』そうで、これを再婚相手の妹さんが見たことで、再会、再婚へとトントン拍子だったそうです」
角界では、十両に昇進すれば〝部屋住み〟から卒業できることになっているが、
「マンションの一室での半同棲や通い愛はよくあることで、厳しい相撲道を邁進する上での『心の支え』であり、父(初代貴ノ花)と同じ大関を目指す、当時の貴乃花にとっても同じ。ただ両立させる余裕がなくなり2年ほどで終止符が打たれた」(前出・スポーツ紙記者)
代わってその大関獲りを後押ししたのが、アイドルとして絶大な人気を博していた宮沢りえ(50)だった。角界関係者が振り返る。
「貴乃花の大関昇進は93年1月27日。一方、85年に小6でCMデビューしたりえちゃんも、88年に日本アカデミー賞新人賞に輝き、90年に紅白初出場、91年には写真集『Santa Fe』が150万部のミリオンセラーとなり、92年10月に婚約を発表した時は大騒ぎでした。同時に両家の不仲が表沙汰となり、皮肉にも貴乃花の大関昇進の伝達式の日に別々に婚約解消の会見が行われたものでした」
その席で新大関の貴乃花がうつろな表情で「りえさんに対する愛情がなくなった」と語れば、宮沢も「お互いの気持ちが通わなくなった」とうつむいた。
「破局の原因は宮沢サイドとも言われた中、貴乃花は『自分は無責任です』『行動力のなさ。自分が情けないです』とすべてを背負い、伯父である初代若乃花(当時は10代目二子山で相撲協会相談役)からの『りえさんの芸能界引退』が結婚の条件だったことを隠し通した。花田家にとって土俵の鬼の言葉は絶対であり、母親の憲子さんも『私も女優を辞めて嫁いだのよ』と説得。これに対しりえママは『大部屋女優とりえを一緒にしないで』と応酬し、火に油を注ぎ、貴乃花を苦しめる結果になった」(前出・角界関係者)
後日、美川憲一がバラエティー番組内で「りえママの依頼で別れを説得した」と明かしているように、まさに大人の世界につぶされた婚約騒動だった。
それから10年後の03年、貴乃花は引退し、宮沢は日本アカデミー賞最優秀主演女優賞に輝いた。
「04年2月に二子山部屋を継承し、貴乃花部屋が誕生した折の懇親会で、大賞を受賞したりえちゃんのことが話題になると、親方もご存じで『ずっと応援していますから』と笑ってました。当時の河野景子夫人が仕事を続けながら新たな女将業に挑戦していただけに、残念でなりませんでした」(前出・角界関係者)
横綱昇進時の口上「不惜身命」を私生活でも貫いていれば‥‥。
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