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記事全文を読む→無断帰国の朝青龍と高砂親方がモンゴル温泉治療「肌がつるつるになった」/スポーツ界を揺るがせた「あの大問題発言」
昨年11月2日、小腸ガンのため67歳で死去した高砂親方(元大関・朝潮、本名:長岡末弘)。近大時代にアマ、学生横綱2冠を達成して高砂部屋に入門すると、立ち合いの激しい「ぶちかまし」ですぐに人気者に。幕内優勝も果たし、大関に昇進した。
引退後の1990年3月には先代若松(元関脇・房錦)から若松部屋を継承し、2002年2月に7代目高砂を襲名している。
現役時代は身長183センチ、体重180キロ。愛嬌のあるまん丸い顔でよく喋り、その陽気なキャラクターから「大ちゃん」の愛称で親しまれた。親方となった後は、朝青龍や朝乃山らを育てた。
性格はいたってのんびり屋で、弟子への指導も放任主義。スポーツ紙記者によれば、
「稽古中、親方はいつも上り座敷でスポーツ新聞に隅々まで目を通し、弟子に声をかけることはほとんどなかったですからね。いい意味では放任主義だけど、悪く言えば指導に熱心とは言い難かった。それが朝青龍を増長させる原因となってしまったことは、間違いないでしょうね」
そんな朝青龍は2003年の名古屋場所で旭鷲山のまげをつかむ失態を演じ、反則負け。しかも取組後には、駐車場に止めてあった旭鷲山の愛車のドアミラーを破壊したばかりか、その後も風呂場でヒジがぶつかった、ぶつからないで大乱闘寸前になる始末。
そして2007年9月の名古屋場所後に勃発したのが、高砂親方に無断でのモンゴル帰国騒動だった。前出のスポーツ紙記者が、当時を振り返る。
「朝青龍は疲労骨折で夏巡業の休場届を出しておながら、モンゴルで中田英寿らとサッカーに興じていたことがバレて、謹慎処分を食らいました。にもかかわらず、またも無断でモンゴルへ帰っていたわけですからね。横審から事情聴取された親方は当初『帰っていないと思いますよ』と答えた。『思います、とはどういう意味ですか』と聞かれて『本人が部屋にいると言っていました』。まったくもって、開いた口が塞がりませんでしたよ」
結局、モンゴルに戻った朝青龍を追って現地入りした親方だったが、わずか35時間の滞在で、首都ウランバートルから関西国際空港に到着。その後、両国国技館入りした親方は午後2時から記者会見に臨んだ。故障しているという朝青龍のヒジと腰を治療するための、現地の温泉施設を視察したというのだが、「温泉治療はどうでしたか」と聞かれ、ぶったまげる発言が飛び出したのである。
「肌がつるつるになった。効力はすぐ眠れること。睡眠がとれる。泥と温泉を混ぜて効果が出る。高い温度だが、42度に薄めた」
この発言が横審の怒りを増幅させたことは、言うまでもない。
今年2月5日、高砂親方のお別れの会に参列した元朝青龍のドルゴルスレン・ダグワドルジ氏は、複雑な感情を封印し、
「もう一回、会いたかったね。握手して別れたかった」
と語ったが、その胸中はどうだったのか。
(山川敦司)
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