秋風が心地よく吹き抜け、家飲みが一段と楽しくなる10月。仕事終わりの晩酌や週末のリラックスタイムに「いつもとはひと味違う、極上の酒の肴を楽しみたい」と思ったらどうするか。もちろん酒場へ繰り出すのも悪くないが、自宅のキッチンで手軽にプロ顔負け...
記事全文を読む→浅田真央 母が残した「娘への遺言」(2)成長する娘を温かく見守った
電話では、2カ月に1度のペースで話す機会があった。
「元気~? 今回もアサ芸用のネタはないけど(笑)」
電話はよく、この冗談から始まった。
記者と匡子さんとの交流は、6年前に遡る。真央は「フランス杯」で優勝し、一躍時の人となった。出場年齢制限を外し、トリノ五輪に出場させるべきだと、国内外で議論が沸騰していた時期のことだった。名古屋の自宅を突撃取材した縁で、「アサヒ芸能」という“オトナの媒体”でも分け隔てなく接してくれる匡子さんと、取材ではない“非公式”の交流が、亡くなる直前まで続いていたのだ。
その後、結果的には、トリノ五輪への出場はかなわなかったが、のちに匡子さんは、このような言葉を残している。
「トリノ五輪に出ていたら、真央は金メダルを獲ったと思うの。当時は、プレッシャーが何かもわからなくピョンピョン跳んでいたし(笑)。今と違って女性の体の変化の影響も受けなかったし。でもね、あの時、出場して金メダルを獲っていたら、真央の成長は止まっていたと思う」
その言葉には、娘の成長を誰よりも楽しみにしている母親の顔が、浮かび上がる。そして、母親の愛を一身に受けた真央は、母親が喜ぶ顔が見たくて精いっぱいの演技でそれに応える。親子の絆が、わずか15歳だった少女を一躍、世界の表舞台に上げることとなったのだ。
真央が中学生当時、匡子さんは娘たちを見守る心境について、このように話していた。
「いいフィニッシュをしたら、思いっ切り抱き締めてやりたいの。運動会や、お遊戯会で、一生懸命やっている娘を見守るのと同じよ」
やがて高校生となり、真央も少しずつ大人の階段を上がっていく。
「最近は、真央もだんだんレディーになってきたから、得点発表の時に鼻をかまないように。そして、股は開かないようにって言っているのよ(笑)」
母親の言葉からは、娘に対する信頼感がうかがえるようになっていった。
アサ芸チョイス
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