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記事全文を読む→【ビックリ日本史】女装で戦場を駆け巡った戦国武将の「セルフプロデュース力」と「不気味な効果」
戦国時代には数々の武将が跋扈したが、なんとも風変りというか、「変わった趣味」の武将がいたものである。
その名は、井筒女之介(女助)。実在を疑う声もあるが、江戸中期に成立した逸話集「常山紀談」に、尼子十勇士のひとりとして登場する人物だ。
尼子十勇士は戦国大名の尼子氏が滅亡した後、尼子晴久がお家再興のため4万人の中から選び出した十人の侍のことで、「山陰の麒麟児」といわれた山中鹿之介(山中幸盛)が有名だ。
のちの資料などでは構成メンバーの名前がまちまちだが、その中に女之介がいる。生粋の尼子家の家臣ではなかったらしく、長らく実在が確認されていなかったが、享保2年(1717年)に、岩国藩家老の一族である香川景樹が書いた古典文学書のひとつ「関西陰徳太平記」、通称「陰徳太平記」には、吉川元春の配下である堺又平春久の注釈に「のちに筒井女助と名乗る」との記載がある。
この女之介はどうもトランスジェンダーやゲイではないにせよ、普段から女装をしていた。髪はちょんまげではなく巻き髪で、女物の装束をまとっていたとされる。
ただ、生粋の女装マニアというわけでもなかったようで、実は彼なりの計算が働いていたようだ。今でいう「セルプロデュース」の意味もあったようで…。
戦国時代、武士たちは誰もが手柄を上げることに躍起になっていた。大きな手柄であれば出世できるし、加増も叶う。報奨金をゲットすることもできる。
戦場には多くの人間がいるが、誰も見ていないところで敵を討ち取ったところで、アピールにはならないこともある。そのために必要なのは、目立つことだ。一騎打ちの前に、周囲に聞こえるような大声で自らの姓名を名乗るのもそうだが、女之介は装束で己の存在を誇示したかったのだろう。
ただ、残念なことに、女之介の女装が歌舞伎の女形のように美しかった、という話は残っていない。それでも、相手を怯ませる効果はあったのではないか。女装した武将が戦場を駆け巡る姿は不気味で、そんな人間に討ち取られようものなら、それこそ一族の恥と蔑まれたかもしれない。
女之介が歴史に登場したのはごくわずかの期間で、どんな一生を送ったのかは謎に包まれたままだ。
(道嶋慶)
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