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記事全文を読む→中山麻理「浮気したら慰謝料4億円」のはずが…三田村邦彦との泥沼離婚訴訟の「条件」/壮絶「芸能スキャンダル記者会見」秘史
女優の中山麻理さんが亡くなったのは7月12日。77歳だった。訃報は中山さんの三男で、俳優の中山麻聖が7月22日にSNSで報告したものだが、中山さんといえば1969年、スポ根ドラマの草分け的存在のドラマ「サインはV」(TBS系)で、主人公のライバルを好演。一躍、人気者になり、その後も数々の話題作に出演した。
人気女優として一世を風靡するも、映画「限りなく透明に近いブルー」(1979年)で共演した6歳下の三田村邦彦との大恋愛の末、1980年に結婚。スパッと芸能界引退を宣言し、周囲を驚かせた。
1980年6月、挙式後の記者会見に臨んだ中山さんは涙、涙でこう語った。
「これからは彼の影武者として一生懸命、彼に尽くします」
これに三田村も感無量で、
「泣き虫で女らしいんです。そこに惚れました」
ただし、冗談なのか本気なのか、
「浮気したら4億円の慰謝料をもらうことになっています」
そう宣言した中山さんは、報道陣を驚かせていた。
昭和の豪傑と言われた、あの松方弘樹が仁科明子と離婚の際に払ったとされる慰謝料が3億円で、現在でもこの額が「日本の芸能界史上最高額」といわれることを考えると、4億円という数字が「あなたとは何があっても絶対に別れませんから」という意思表示だったことは言うまでもない。
ところが、だ。いかに永遠の愛を誓い合った相手でも、一緒に暮らすうちに小さな歯車が狂い出して…なんてことはよくある話。しかも夫は6歳も若いイケメンである。結果、嬉し涙の記者会見から16年後の1996年12月、三田村と22歳下の女優・高橋かおりとの「買い物&ホテルデート」が「FOCUS」で大々的に報じられることに。
しかもこの時、中山さんと思しき女性らが三田村を尾行していたことも発覚し、芸能マスコミを賑わせることになった。
その後、夫婦の訴訟合戦はエスカレートし、終わりのない泥仕合は3年間も続いた。そして1999年、2人は突如として離婚を発表。その背景には「もうこれ以上、親同士が争う姿を子供たちに見せ続けたくない」とする中山さんが折れ、「慰謝料ゼロ」「息子3人の親権は中山さんが持つ」という条件で離婚が成立したと伝えられた。
その後、中山さんがコンビニで「時給850円」のパートとして働いている姿が「週刊新潮」で報じられたが、取材に対し、
「私のことが載っている雑誌を、私がお店で売ることになるの?」
と笑顔で対応するなど、誌面を通じてその気さくな人柄を感じさせた。
葬儀は故人の遺志と家族の希望により、近親者のみで執り行われたとされるが、そこに元夫の姿はなかった。これも故人の遺志だったという。
(山川敦司)
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