政治
Posted on 2026年01月12日 08:00

駐豪大使・山上信吾が日本外交の舞台裏を抉る!~トランプの「ベネズエラ大統領拘束」作戦は日本が北朝鮮に対してやるべきことだ~

2026年01月12日 08:00

 新年早々、メディアを大きく賑わすニュースが流れた。
 ベネズエラで長年にわたり独裁者として君臨してきたマドゥロ大統領に対し、米軍が軍事オペレーションを展開。アメリカに連れ去り、法廷で薬物犯罪等の重罪の裁きを受けさせることとしたのだ。

 日本国内の反応は割れている。「国際法違反」を問題視するオールド・メディアが相次ぐ一方、SNSではトランプの果断な措置を評価する声が多い。40年間、外交の最前線で汗をかいてきた私の立場からすれば、コトはいずれかの二元論で割り切れるほど単純ではない。因数分解して説明したい。

 第一に「国際法違反か」と問われれば、相当に疑義が高いことは否定しようがない。
 ベネズエラの領土に同意なく踏み入ってそのリーダーを連れ去り、米国の法廷に立たせることはベネズエラの主権侵害であり、アメリカの司法管轄権の違法な域外適用そのものである。こうしたロジックは、法学部の学生であれば誰しも指摘できることだ。だが、政府の立場がそうした法的議論だけで終始するなら、政治家も外交官もいらない。

 第二に指摘すべきは、何も驚天動地の事案ではないことだ。
 1989年のことだった。私が駆け出しの外交官として米国ワシントンの日本大使館で勤務していた時期、アメリカは同様の措置に訴えた。パナマのノリエガという独裁者、麻薬王を問題視し、今回同様に米軍が侵攻。ノリエガをアメリカに連れ去り、米国で法の裁きを受けさせたのだ。その意味では既視感がある。冷ややかに言えば、今さら驚くばかりが能ではあるまい。

 第三は、ベネズエラが置かれた惨状だ。
 前任者のチャベスが権力を奪取して以降、ほぼ四半世紀にわたり、ベネズエラは破綻国家の道を歩んできた。独裁制が根付くとともにハイパーインフレが横行、麻薬の源と堕し、国の政治的・経済的将来に悲観した約800万人に上る国民が、国外への脱出を余儀なくされた。それらの人々の多くは、今回のマドゥロ拘束に喝采を叫んでいる。それが政治的現実だ。

 第四は、本件をロシアのウクライナ侵略、中国の台湾併合になぞらえることについて、慎重であるべき点だ。
 自民党内にも「アメリカがこんなことをやっていたら、中国による台湾の武力統一を批判できない」と主張する人士がいる。中国側の掌で踊る、単純化が過ぎるのではないか。
 ウクライナの領土を奪い、国家として亡きものにしようとしているロシアによる侵略。中国側が台湾を自国の一部であるとして、脅迫・恫喝を続け、武力をもってして併合しようとする話。はたしてこれらと等値なのか。
 アメリカはベネズエラの領土を欲しているわけではない。周囲に害悪を及ぼさないよう、米国内とはいえ、法の裁きを受けさせようとしている。ロシアや中国の企図や振る舞いと同一では、全くない。

 最後に踏まえるべきは、日本の国益だ。
 日本が中国やロシアと声を合わせて「国際法違反」と主張することに、何の意味があろうか。南シナ海でのフィリピンとの係争における仲裁判断を「紙屑」だと述べて、一顧だにしなかった中国。国連憲章に明白に違反して侵略を続け、ウクライナの領土と主権を侵害してきたロシア。これらと今回のアメリカの措置を一緒にするのは、十把一絡げにも限度がある。
 
 今回、アメリカがベネズエラに対してやったことは、日本として北朝鮮に対してやってもらいたかったことではないか。
 事実、見事なオペレーションだった。高度に洗練され、鍛えられた軍事力と、一頭地を抜いた情報力が相俟ってこそ、初めて成功が保証される作戦だ。
 内閣法制局よろしく「国際法違反」などとクダを巻いている暇があったら、日本こそが拉致被害者を救出するために、こうした作戦を実行できる軍事力と情報力を身に付けるべきだ。これこそが、今回の事案がもたらした教訓ではないだろうか。

●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年、東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年に外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、ワシントン、香港、ジュネーブで在勤。北米二課長、条約課長の後、2007年に茨城県警本部警務部長を経て、09年に在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年に国際情報統括官、経済局長を歴任。20年に駐豪大使に就任し、23年末に退官。同志社大学特別客員教授等を務めつつ、外交評論家として活動中。著書に「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「国家衰退を招いた日本外交の闇」(徳間書店)、「媚中 その驚愕の『真実』」(ワック)、「官民軍インテリジェンス」(ワニブックス)、「拝米という病」(ワック)などがある。

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