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記事全文を読む→プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈「韓国は絶対にイチローさんと勝負をしてくる」相手にとって彼に勝つことが日本に勝つことだった〉
イチローは恐ろしいまでに集中力を高めていた。それは見るものに伝わっていた。
2009年3月24日(日本時間、以下同)、「第2回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)」の決勝戦、韓国対日本はともに一歩も引かず延長戦に突入した。
日本は10回、内川聖一の安打を足場に岩村明憲の安打を絡めて2死一、三塁の勝ち越し機をつかんだ。
ここで打席に入ったのがイチローだった。第1回大会から、日本代表を異常なまでの熱さで引っ張ってきた。しかし、今大会は不振が続いていた。準決勝までの打率は2割1分1厘だった。悲壮感さえ漂っていた。
マウンドには韓国の4番手、林昌勇が立っていた。必死の攻防を繰り広げ2 -2からの8球目だった。
シンカーが甘く入ってきた。安打製造機が見逃すはずがない。ライナーが鮮やかに中前に抜けた。三塁走者の内川、二塁から岩村が生還し2点を勝ち越した。
米ロサンゼルス・ドジャースタジアム。
日 0 0 1 0 0 0 1 1 0 2=5
韓 0 0 0 0 1 0 0 1 1 0=3
最後はダルビッシュ有が締めて雄叫びを上げた。監督の原辰徳がロスの夜空に3度舞った。日本はWBC2連覇だ。
「ボクは持っていますね。いやあ、神が降りてきた感じです。日本ではものすごいことになっているんだろうなと、自分の中で実況していました」
その通りだった。日本中が手を叩いた。
極度の緊張から解放されたイチローが、普段のポーカーフェイスを捨てていた。
イチローの凄みは殊勲打を放った直後にあった。日本側三塁ベンチは沸きに沸き、球場全体がどよめいていた。
どんな状況でも感情に左右されない。やるべきことをきっちりやる。
二塁を陥れていたイチローは、次打者の初球に三盗を決めたのだ。この一手で韓国代表にあきらめムードが漂った。
「2アウトだったので、本来ならいかないところです。でも、あの場面で容赦はいらなかった」
後日、イチローはこのプレーを振り返り、こう語っている。
「因縁の相手にとことんダメージを与えないと」
イチローが打席に入った時は一、三塁。一塁走者の岩村が2球目に走って二、三塁となった。林昌勇を揺さぶった。
一塁が空いていたら、韓国はイチローを敬遠する可能性があった。だが、もう1人の殊勲者は確信していた。
「韓国は絶対にイチローさんと勝負をしてくる」
韓国にとって、イチローに勝つことが日本に勝つことだったのである。
イチローと韓国の因縁。それは06年の第1回大会・アジアラウンド開幕直前でのイチローの発言にさかのぼる。
「向こう30年は日本に手を出せないな、という感じで勝ちたいと思う」
韓国、台湾、そして中国との対戦を前に意気込みを語った。これに韓国は侮辱を受けたと反応した。
日本を敵視する世論が高まり、反感がエスカレートした。イチローには見下す気持ちなど微塵もなかったが、以来、球場にイチローの名前がコールされるとブーイングが起こった。
韓国は第1回大会の準決勝で敗退していた。第2回大会は日本、そしてイチローへのまたとないリベンジの機会だった。
事実、韓国は2連覇を目指す日本にとって分厚い壁となった。
2敗したら敗退というダブルエリミネーションという試合方式のため、日本は決勝戦を含めて韓国と5試合戦った。
日本は1次予選の対韓国初戦こそ14対2と圧勝したが、1位決定戦では0対1で敗れた。2次予選も初戦はキューバに6対0と完勝した。しかし、またもや韓国に1対4で敗れて敗者復活戦に回った。
この試合では日本にとって屈辱的なことが起こった。
試合が終わると、2人の韓国選手がマウンドに太極旗を立て、全員集合して記念撮影を行ったのだ。
イチローはノーヒット。今大会初めて会見を拒否した。第1回大会で韓国に連敗後、こう話していた。
「野球人生で最も屈辱的な日」
まさにその時の心境に重なっていた。
日本代表は奮起した。キューバに勝ち、1位争いで韓国も6対2で下した。だが懸念材料は、これがあのイチローかと思うほどの不振だった。
準決勝で日本は、アメリカに9対4と打ち勝った。韓国もベネズエラを10対2で下していた。
日韓の直接対戦成績は2勝2敗。勢いは同じだ。スタンドには、日本の何倍もの韓国の応援団が押し寄せた。異様なムードの中での決勝戦だった。
イチローは帰国後の会見で「最後においしいところだけ頂いてごちそう様でした」と茶目っ気たっぷりに話した。
だが1週間後、マリナーズに復帰してからのオープン戦最中に体調不良で途中交代した。精密検査の結果、「胃潰瘍」と判明、メジャーで初めてDL(故障者リスト)入りして開幕を迎えた。
イチローは日本代表のリーダーとして重圧と戦い、心身を削っていたのだ。
第6回WBCは26年3月6日に開幕し、決勝は17日の予定だ。メジャーリーガーが続々と参戦を表明している。
日本は第3回大会(13年)、第4大会(17年)ともに準決勝で敗退した。
そして世界一奪還を期した23年の第5回大会、大谷翔平が最後にマイク・トラウトを空振り三振に仕留めて絶叫したシーンは記憶に新しい。「大谷ジャパン」の2連覇なるか。春の訪れが待ち遠しい。
(敬称略)
猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。
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