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Posted on 2026年01月11日 06:00

プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈球審のボブ・デービッドソンだけが「アウト」タッチアップで手に入れた貴重な1点が消えた〉

2026年01月11日 06:00

 日本を代表監督として率いた王貞治、65歳が米国サンディエゴのペトコ・パークで宙に舞った。

 2006年3月21日(日本時間、以下同)、「第1回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)」の決勝で、日本はキューバを10対6で破り、「初代王者」となった。

日 4 0 0 0 2 0 0 0 4=10
キ 1 0 0 0 0 2 0 2 1=6

 日本は1回表から西岡剛が内野安打、イチローは四球、松中信彦も内野安打で満塁とし、2四死球の押し出しで2点を奪うと、今江敏晃の2点適時打で4点を先制した。

 5回にはイチローの二塁打を足場に3点を追加。試合の主導権を握った。

 しかしキューバはアマチュア球界の絶対的存在であり、過去、日本は4勝32敗と大きく負け越していた。

 ジワジワと反撃してきた。6回に2点、8回にはフレデリク・セペダの2点本塁打で1点差に迫られた。

 しかし日本は9回にイチロー、代打・福留孝介の適時打などで4点を奪った。

 先発の松坂大輔が4回を1失点、8回途中から登板した大塚晶則が最後を締めた。4点差ながら、勝負を決定づけたのは最後の1イニング。厳しい戦いだった。

 王はこう述懐している。

「それまでも胴上げは何回もされたけど、やっぱり格別なものだった」

 それはまさにどん底から這い上がった、奇跡と言っていい頂点だった。

 国別対抗戦WBCはMLBが企画して、05年に日本へと話が持ち込まれた。目的はMLB(メジャーリーグベースボール)の国際化と市場拡大、そして野球の世界的な普及と振興だった。

 だがNPB(日本野球機構)は当初、反対の立場を取った。MLBのやり方が一方的で、事前の相談がなかった。開催時期は3月4日から21日で、各球団は開幕に向けて最終調整に入っている頃だ。予算の問題もあった。特に選手会が強く反対していたが、最後はMLBの意向を受け入れた。NPBと選手会の間で様々な条件をクリアして、9月16日に参加を正式に表明した。

 10月にはソフトバンク監督の王を代表監督に決め、動き出した。

 WBCは基本4年ごと(第2回は3年後)に開催し、16カ国・地域が参加して、1次リーグ・2次リーグを経て決勝に4チームが進む。準決勝・決勝は米国で行う。

 日本は東京ドームでの1次予選を2勝1敗で突破したが、1位通過を賭けた韓国戦に2対3で敗れた。

 日本の第2次ラウンド、初戦の相手は米国だった。ところが、この試合であまりにも理不尽な出来事が起こった。

 3月13日、エンゼルスタジアム。

日 1 2 0 0 0 0 0 0 0=3
米 0 1 0 0 0 2 0 0 1=4

 日本は8回に1死満塁とし、絶好の勝ち越し機を摑んだ。このチャンスに岩村明憲が左翼へ飛球を放った。三塁走者の西岡剛はタッチアップして本塁を駆け抜けた。米国監督のバック・マルティネスが「タッチアップが早かった」とアピールしたが、目の前で見ていた二塁塁審は却下してセーフの判定をした。

 ところがマルティネスが球審のボブ・デービッドソンに抗議すると、判定は一転してアウトとなった。すなわち併殺と認めて、貴重な1点が消えたのだ。

 王はベンチを飛び出して猛抗議した。もちろん、認められなかった。

「審判は4人全員が平等でなければならない。私は長年、日本で野球をやってきたが、こんな判断は見たことも聞いたこともありません」と話し、最後に言い切った。

「野球の先人である米国でこんなことがあってはならない」

 試合は藤川球児が9回二死満塁から、4番のアレックス・ロドリゲスにサヨナラ安打を浴びた。

 試合後、ロドリゲスは「この試合のヒーローは監督だ」と皮肉交じりに語り、米国のマスコミも疑惑の目を向けた。

 日本は第2戦のメキシコには勝ったが、再び韓国に敗れた。またもや惜敗だ。

 3月16日、エンゼルスタジアム。

韓 0 0 0 0 0 0 0 2 0=2
日 0 0 0 0 0 0 0 0 1=1

 この時点で韓国が3勝で、決勝リーグ進出を決めていた。米国は1勝1敗、日本1勝2敗、メキシコ2敗だった。日本が突破するためには、米国敗戦が絶対条件だった。しかも日本、米国、メキシコが1勝2敗で並んだ場合、3チーム間の失点率で順位が決まる。 米国が対戦相手のメキシコに2点以上取られて負けなければ、日本は敗退だ。

 王は帰国の荷造りを終えて、中華レストランで日本から派遣されていた記者たちと食事をしていた。

 和やかな雰囲気の中にも無念さが漂う。そこへ米国がメキシコに2対1で敗れるという情報が入った。

 あの米国が負けた。失点率は日本が17.2回で5失点、米国17回5失点、メキシコ18回7失点で、わずか0.2回が明暗を分けた。

 日本は崖っぷちからよみがえった。準決勝の相手はそれまで2敗の韓国だ。

 王は足早に宿舎に戻り、選手を集めてミーティングを開いた。

「怖いものはない。あとはやるのみだ」

 3月19日、ペトコ・パーク。

日 0 0 0 0 0 0 5 1 0=6
韓 0 0 0 0 0 0 0 0 0=0

 見事な雪辱だった。0対0の7回表1死二塁、王は不振が続いていた福留を代打に送った。期待に応えた。福留は右中間へ先制の2ランを放った。

 さらに3点を追加して一挙5点を奪った。王は準決勝で打線を大幅に入れ替えていた。3番のイチローが3安打1打点と活躍した。

 投手陣は上原浩治から薮田安彦、大塚の完封リレーだった。

 決勝進出。王の言う「首の皮一枚から」の世界一は球史に残り、そこに至る過程もまた特筆されるものである。

 (敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。

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