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記事全文を読む→〈立川談志「最後の弟子・立川談吉」が書く「最期の時」〉第2回(2)チンすれば元の談志に戻るか…
2011年11月23日、火葬の日。
この時期は後輩の立川春樹(廃業している)を部屋に住まわせていた。談春師匠のお弟子さんで口跡がよく、一語一句はっきりと客席に届けるタイプの落語家で、私とは一カ月違いの入門だった。
父親と喧嘩したから談吉兄さんの部屋に置いてくださいよと頼まれ、楽しそうだからいいよと二つ返事で言ったのが失敗だった。飲兵衛で毎晩のように酒をあおるものだから、どんどん空の酒瓶がたまり積み重なっていき、気がつくと部屋の隅にサグラダファミリアのようなものがそびえ立っていた。収集日に合わせて廃棄したが、放っておいたら100年経たずにゴミ屋敷が完成していただろう。
「兄さん、朝から仕事ですか」
「ああ、そうなんだよ」
「家元の用事ですか」
「そうそう」
「家元、大丈夫ですか」
「まあ、大丈夫ではないかな」
「そうですか、心配ですね」
春樹はとにかく立川談志が大好きだった。CDの音源を聴けばこれはいつのどこでやった「芝浜」だとか、これはNHKの「三人旅」でこれは県民ホールの「黄金餅」だとかがわかるくらい崇拝していた。そんな相手に談志が亡くなっているのを隠すのはあまりに忍びなかったので一言だけ伝えた。
「あの、何言ってるかわからないかもしれないけど、あなただけに言っておくから言う通りにしてくれ、今日の午後2時くらいかなあ、空見てくれ、絶対だ、じゃあ行ってくるよ」
午後2時から3時は火葬の時間だ。直弟子の兄さん方にも亡くなっているのを伝えていないが、これくらいは許してもらえる範囲だと自分を納得させて家を出た。
ご遺体の寝ているマンションに行く前に、上野広小路亭近くにある立ち食い蕎麦屋に入った。食券を渡してそばを待ちながら携帯電話でヤフーニュースを見たところ、まだ談志が亡くなったような記事は出ていなかったので安心したのだが、SNSの方では談志が死んだかもしれないという噂が流れ始めていた。
そばを食べ終わり、しょうもないことをSNSに書き込んだところ、あまりのしょうもない内容に【こんなしょうもないことを弟子がのん気に呟いているくらいだから、談志が死んだというのはデマだろう】とつぶやく人もいたが、噂の勢いは止まらなかった。
マンションに入ると、ご遺体を車で運ぶ準備が出来ていた。腐敗しないようドライアイスでキンキンに冷やされていた師匠を見て、チンすればホカホカの立川談志に戻るのではないかと閃いたが、誰も実行に移すものはいなかった。落合の火葬場へ着くと、大勢のマスコミが斎場の外に詰めかけていた。こんなに隠しているのにどうしてわかったのだろうと思ったが、どうやら独自の情報網があるらしい。
告別室での最後のお別れ。棺桶のなか紋付き袴で眠る師匠のまわりに花を敷き詰めていく。ぬいぐるみが好きだったのでぬいぐるみもいくつか入れていたが、師匠が一番大事にしていたライ坊(ライオンのぬいぐるみ)は、棺桶には入らなかった。おかみさん曰く、焼いたらかわいそうだから。難を逃れたライ坊は、今もおかみさんと幸せに暮らしている。
棺桶が台車ごと火葬炉に入った。師匠は生前「俺が死んだ時は黄金餅のお経でいい」とことあるごとに言っていた。噺は覚えてなかったがお経だけは覚えていたので、自分なんかので申し訳ないと思いながらもひとり小声で念仏を唱えた。
金魚ぉ~金魚ぉ~みぃ金魚ぉ~はぁなの金魚はいい金魚ぉ~ なかの金魚は~セコ金魚ぉ~あとの金魚は出目金魚ぉ 天神天神みぃ天神~鉛の天神いい天神~
なかの天神セコ天神 あとの天神はなっかけぇ 虎がなく虎がなぁ~く 虎がないてはたぁいへんだぁ~
犬のこがぁ~ チーン なんじ元来ひょっとこの如し 君とわかれて松原ゆけば 松のつゆやら涙やらアジャラカナトセのキューライス テケレッツノパ
ありがたいお経である。出来ることなら、ちゃんとうまい人にやってもらいたかったものだ。
師匠をこんがり焼いている間に、師匠の長男・慎太郎さんが報道各社へのお知らせをした。
「速報出た」
「出たね」
「この局まだだ」
「どこが一番早かった」
「日テレじゃない」
「フジも早かったよ」
結論どこも早かったのだが、待合室のテレビを前にそんな会話があった。焼き上がった遺骨を壺に納めてうんぬんかんぬん。身近な人の死で誰もが経験するデリケートな場面なので省かせてもらうが、ただ一つ言えるのは、腹に金が入っていなかったということだけだ。
立川談吉(たてかわ・だんきち)1981年12月14日生まれ。北海道帯広市出身。2008年3月に立川談志に入門。11年6月に二ツ目昇進。12年4月に立川左談次門下へ。18年7月に立川談修門下へ。26年3月1日に真打昇進「立川談寛」襲名予定。
写真/産経ビジュアル
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