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記事全文を読む→渥美清「没後30年」全方位特集“旅と女と寅次郎”(1)ハブ毒死に抗議が殺到
「フーテンの寅」、いや渥美清が亡くなって、30回目の夏を迎えた。ダボシャツにダブルの格子柄背広、茶色の角トランクを提げた寅次郎が旅先で出会った麗しのマドンナとの淡い恋、故郷・葛飾柴又のだんご屋で繰り広げられるドタバタ劇に高度成長期の列島は魅了された。「男はつらいよ」の数々の名場面には古きよき日本の原風景がぎっしり詰まっている。今こそ、四角四面の浮世を離れ、寅さんの世界へ旅立とうではないか。
映画「男はつらいよ」(松竹)が産声を上げたのは1969年8月。その後26年の間、お盆・正月映画の定番として実に48作が製作された(97年に特別篇、19年にシリーズ50周年記念作も)ばかりか「一人の俳優が演じた最も長い映画シリーズ」としてギネスブックにもその名を刻んだ。
そもそも、「男はつらいよ」は、68年に半年間にわたって放送されたドラマ版「男はつらいよ」(フジテレビ系)が原点であることは有名な話だ。
お笑い評論家で第40作「男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日」にも出演した江戸川大学・西条昇教授が解説する。
「渥美さん主演の新しいドラマを企画していたところ、当時、脚本家として活動していた若手監督の山田洋次さんをプロデューサーに推薦したのが当の渥美さんご本人でした。旅館で執筆中の山田さんを訪ね、渥美さんが少年時代に憧れていたテキ屋の話をしたところ、盛り上がってドラマが生まれたと言われています」
放送開始当初は、人気が出なかったものの、徐々に視聴率を伸ばした最終回、奄美大島でハブ酒を作り、一儲けしようと企んだ寅次郎はハブに噛まれて死んでしまう。この結末に視聴者から抗議が殺到し、映画化に繋がる。
しかし当時、黎明期のテレビは“電気紙芝居”と揶揄された時代、製作元の松竹内にも映画化に反対する声があったという。
寅さん好きの作家の亀和田武氏が語る。
「ところがドラマシリーズでさくらを演じた長山藍子をヒロインに迎えた第5作『男はつらいよ 望郷篇』が、観客5割増しのスマッシュヒットを飛ばしてね。ここから寅さんの長期シリーズ化は始まりました」
さっそく、気になる第5作を振り返ってみよう。
義理のある正吉親分危篤の報を受け、札幌に向かう寅次郎。息子に会いたいと願う親分のために蒸気機関車の機関士をする息子(松山省二)を説得してはみるもののキッパリ断られてしまう。
失意のうちに親分が亡くなり浮草稼業に嫌気がさした寅は、堅気を目指して工場で働くようになる。
ところがやはり、長続きするはずもなく、仕事を辞めボートで昼寝をしているうちになぜか千葉・浦安に流れ着く。
ここからはお約束。街の豆腐店を切り盛りする一人娘・節子(長山)に一目惚れ。節子のために張り切って働くが、またもや恋に破れる。とまあ、こんな物語だ。
「父子の確執、蒸気機関車のダイナミックな映像など重厚な北海道編から一変。『働くとは何か』を問う後半は、寅さんシリーズの今後の方向性を示す重要な作品となりました。個人的にもいちばん好きな作品です」(西条氏)
黒煙を吐きながら函館本線「小沢駅」を疾走するD51の雄姿は鉄道マニアならずとも見る価値があるはずだ。
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