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記事全文を読む→「異様な日本敵視政策」経済崩壊が近い中国と無理を重ねて付き合う必要なし!日中2000年の「断絶裏面史」
中国が異常な熱意で、日本を「新型軍国主義」と世界に喧伝している。日本が中国を侵略したという歴史を前提にしても、中国の「日本敵視」政策は異様だ。
日本は1972年の国交正常化後、中国と「友好的」に付き合うことを最優先してきたが、ここで立ち止まってみることも必要である。
中国との交流は漢王朝以来、2000年の長い歴史がある。だから日本人は「同文同種」なので理解できるとか、「一衣帯水」の身近な関係にあので「友人として付き合える」と都合よく解釈して、交流することが「善」だと正当化してきた。
しかし日中の2000年は「すれ違い」と「軋轢」の歴史だった。
まず指摘したいのが、「友好」と「交流」という言葉だ。
田中角栄元首相が訪中して、日中国交が回復したのが1972年。「国交正常化」の締結にあたって、中国側の「戦後賠償を放棄する」という発言に日本人は驚き、圧倒された。
さらに周恩来首相の「最初に井戸を掘った人の恩は忘れない」の言葉に日本人は感動し、日本中に友好ムードが熱波のように広がり、1978年に「日中友好平和条約」が結ばれると、日中は親密な関係になると考えた。
中国が最貧国からの脱出を願って「改革解放政策」を打ち出すと、日本はこれに応えて資本、技術、経営ノウハウを移転し、中国の発展を支援した。
天安門事件(1989年)で民主化を弾圧し、先進国から経済制裁を受けて危機に陥った中国を救ったのは日本だった。
ところが「世界の工場」と呼ばれるほど経済が復活すると、中国は尖閣諸島を奪う姿勢を示したばかりか、反日教育に乗り出し、日本を敵視するようになった。この歴史は「すれ違い」では済まされない。
日本が巻き込まれることは避けなければならない
ここで大事なことは、日本は中国と無理を重ねて付き合う必要はない、と覚悟することだ。
2000年の日中史を振り返れば、交流が途絶えることは珍しくもない。さらに言えば、交流は日本からの見方であり、中国から見ると日本が中国に手土産をもって朝貢(頭を下げ)し、漢字を学び、律令制度を採り入れ、国の仕組みを作ってきた。
日本は遣唐使を派遣して、当時の最新文化を中国に求めた。お金を払って輸入することで、近代化してきた。だが平安中期に遣唐使が中止されると、日本には「ひらがな」に象徴されるように独自の文化が生まれ、江戸時代になると歌舞伎、浮世絵、寺小屋、茶道、武士道など日本文化が花開いた。
つまり日中関係は時には絶ち、あるいはギクシャクしながら2000年、続いたのだ。
要は経済崩壊が見えている中国と付き合って、日本が巻き込まれることは避けたいのである。
(団勇人)
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