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記事全文を読む→「武田信玄の子孫」がジェットコースター人生を送った「奈落の底の島流し」から「奇跡の復活」
「甲斐の虎」武田信玄の子孫の中に、ジェットコースターのような激しいアップダウンを味わった一族がいることを知っているだろうか。その中心が、信玄の次男・武田竜芳(海野信親)の長男である、信道だ。
竜芳は盲目だったと伝えられ、武田宗家を継がずに出家している。信道は天正2年(1574年)生まれで、武田家が織田信長、徳川家康の連合軍に天目山の戦いで滅ぼされた後に父が自害し、自らは残党狩りを逃れていた時期があった。
その後、出家して信長が天正10年(1582年)に本能寺の変で死ぬと、甲府にある長延寺の二世住職になっている。ここから一族は一気にアップする。
家康が江戸幕府の初代将軍になると、名門である武田氏の血を引く信道は召し抱えられたが、再び没落。慶長18年(1613年)に起きた江戸初期最大の粛清スキャンダル「大久保長安事件」への関与が疑われて、奈落の底に突き落とされたのだ。信道とその息子・信正は元和元年(1615年)に伊豆大島へ島流しとなってしまった。
親子は同地の野増に住み、信道は失意のまま伊豆大島で寛永20年(1643年)に死亡したが、 信正は島民に読み書きや医術を教え、「島おやじ」と慕われながら生き延びていた。そしてこの一族は再び、奇跡の復活を遂げる。
吉良上野介と同じ幕府内の儀式や典礼を司る高家旗本に
信玄の娘・松姫などが懸命な助命、赦免運動を何十年も繰り広げ続けた結果、寛文3年(1663年)、5代将軍・綱吉の時代に島流し先の伊豆大島から、信正は江戸へ戻ることが許された。
信正はのちに磐城平藩主・内藤忠興の娘婿となり、信興が生まれている。信興は元禄13年(1700年)に老中・柳沢吉保の引き立てもあり、赤穂浪士の敵役、吉良上野介と同じ幕府内の儀式や典礼を司る高家旗本となった。
高家旗本は家禄こそ500石程度と低いが、家格は並の大名をしのぐとされる名誉職だ。信興の子孫は幕末の動乱を生き抜き、その血脈は現代まで受け継がれている。
なお、信道は高家武田家の実質的な初代で、武田家の嫡流とされている。一族の浮き沈みは、戦国時代の大名では世の習いかもしれないが、さすがの信玄も草葉の陰で「ここまでとは……」と苦笑いしたことだろう。
(道嶋慶)
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