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記事全文を読む→「元雨上がり決死隊」蛍原徹が不満をブチまけた「じゃない方芸人」扱いの恨み…だから「宮迫の呪縛」が一生つきまとうんだって!
相対的に見て、お笑いコンビの「知名度が低い」「存在感が薄い」「目立たない」人物を「じゃない方芸人」という。この表現が広く知られるようになった起源は明確ではないが、おそらく「アメトーーク!」(テレビ朝日系)の企画「〇〇じゃない方芸人」が初めて放送された2009年あたりではないだろうか。
この「コンビ内格差」はなにもこの頃に生まれた現象ではなく、それこそ昭和の漫才ブームの頃から存在している。「ツービート」のビートきよし、「紳助・竜介」の松本竜介、B&Bの島田洋八、「のりお・よしお」の上方よしお、「ザ・ぼんち」の里見まさとは、現在なら「じゃない方芸人」と呼ばれていただろう。
私などは幼い頃、坂上二郎を「コント55号」の「じゃない方」と捉えていたが、のちに「欽ちゃんも凄いが、二郎さんはもっと凄い」と認識を改めた。いや、欽ちゃんが凄いのは「相方に二郎さんを選んだこと」だとまで思うようになった。
もちろん欽ちゃんは、当時のお笑いやバラエティー番組の常識を覆すような数々のアイデアを持っていたからこそ、「視聴率100%男」となったわけだし、「じゃない方」だったことなど一度もない。
しかし、この「相方選び」に自分の「能力」、もしくは「運」をフルBETしたんだろうなと思う芸人がいる。それは「ウッチャンナンチャン」の南原清隆、「ナインティナイン」の矢部浩之、「雨上がり決死隊」の蛍原徹といった面々だ。
コンビ結成までの経緯はそれぞれに違うし、自分が「組もう」と声を「かけた」のか「かけられた」のかにもよるが、圧倒的な存在感を放つ「相方」に恵まれたという面は共通している。そしてあくまでも個人的にだが、彼ら単独で笑わせてもらったことがない。
ウエストランド・井口が白々しい反応
9月21日深夜の「耳の穴かっぽじって聞け!」(テレビ朝日系)は、その蛍原徹がゲストだった。蛍原は「スタッフへの本音」として、こんなことを明かしている。
「コンビ稼働の際、『じゃない方芸人』に対しても、挨拶や打ち合わせなど、態度は対等であるべき。今はないけども当時、(軽く扱われたことが)むちゃくちゃあったから、それはもう正直、根に持ってるから」
そりゃ解散して横に比較対象となる存在がいなくなったんだから、「今はない」のは当たり前だろう。むしろ解散後もピンで起用してもらっているだけでありがたいのでは、と思うのだが……。そもそも蛍原が「根に持ってる」というようなスタッフが、今になって蛍原をキャスティングの俎上には載せないだろうし。
これを聞いて、MCのウエストランド・井口浩之は「そんな『じゃない方』って感じだったんすか」と質問していたが、そんな白々しいことをよく言えたものだ。まあ、にやけるのをこらえているようにも見えたけど。
さらに当時の様子を振り返る蛍原。
「雨上がりの打ち合わせやけども、俺の方を一回も見んと、宮迫だけ打ち合わせして終わるとか、スタッフの人が挨拶くる、明らかに宮迫しか挨拶しないとか」
そんな「死んだ子の歳を数える」ようなことをして、かつての相方を引き合いに出してばかりいるうちは、「じゃない方」の呪縛からは一生、逃れられないだろう。
(堀江南/テレビソムリエ)
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