30歳、40歳、50歳……年齢の節目とともに意識せざるを得ないのが“男性特有の悩み”。いつまでもオトコらしく自信を持ちたいと考える男性は敏感になって当たり前だが、ここで朗報が!「テストインクリース」という国内で初めて採用された成...
記事全文を読む→アイドルの「卒業」名場面30年史(2)「モー娘。」安倍なつみを送り出した加護亜依の名セリフ
史上初となった「おニャン子」河合その子と中島美春の卒業劇からちょうど10年後の96年、アイドル界に革命をもたらしたのが「SPEED」だ。沖縄アクターズスクール出身の4人のローティーン少女は、ミリオンセラーを連発するスーパーグループになった。史上最年少の4大ドーム公演など、芸能界に打ち立てた記録は数知れない。
ところが、その3年後には解散を発表し、00年3月31日をもって活動にピリオド。
「あまりにも忙しすぎたために、島袋寛子が言った『もっと将来を考える時間が欲しかった』は本音でしょう。ただ、翌01年10月に一夜限りの再結成、その後も何度か再結成を重ねたため、卒業の印象が薄れたことは否めない」(美少女研究家・高倉文紀氏)
SPEEDの解散と前後して、20世紀最後のアイドルグループ枠に座ったのが「モーニング娘。」だ。98年デビューの「モー娘。」は今も存続しているが、メンバーの卒業と新加入は常に行われている。最初に卒業したのは、第1期メンバーの福田明日香。99年4月に卒業公演が行われたが、この時でまだ14歳という若さだ。
「メインボーカルを務めていたので、突然の卒業宣言には驚きました。その後、ほとんどメディアに登場しないこともあって、本当に卒業したんだというイメージも高まった」(前出・高倉氏)
福田とともに初期の「モー娘。」をリードした安倍なつみは、04年1月に卒業。この発表とともにワイドショーで何度も使われたのは、第4期メンバーの加護亜依の言葉だ。
「今まで言えなかったんですけど、ずっと憧れの人でした」
そうやって送り出した加護だが、まさか、自身にイバラの道が訪れようとは‥‥。
アサ芸チョイス
この春も、フレッシュな美女アナ1年生たちが各局に入社。振り返れば、のちにエースとして君臨したレジェンドたちにも若葉の頃はあった。しかし、彼女らは初々しさもそこそこに、スタートから段違いの未来を嘱望された「破格の新人」だった。かつて&ldqu...
記事全文を読む→プロ野球の世界では毎年のように「オフの戦力外通告」が大きなニュースになるが、まさかアナウンサーにまでその波が押し寄せるとは、当の本人も思わなかっただろう。日本ハムが今季、本拠地エスコンフィールドでのホーム戦ヒーローインタビューを、各局アナウ...
記事全文を読む→「『母に捧げるバラード』でやっと、どこの会場に行っても1000人ぐらいお客さんが集まる人気を獲得したんですよ。紅白歌合戦に出て、これで一説によれば、10年食えるって。それが翌年からローカル歩き出したら、みるみるお客さんが引いているの」これは...
記事全文を読む→

