スポーツ
Posted on 2012年06月05日 10:59

北島康介「29歳の進化」 ライバル訃報で誓った“頂点”への決意(1)

2012年06月05日 10:59

「水泳を始めていちばん落ち込んだ」──。アテネ五輪で金メダルを獲得した北島康介に待ち受けていたのは、数々のアクシデントだった。虚脱感と体調不良に襲われた北島は、ライバル・ハンセンの存在を糧に闘志を燃やし、みごと復活を遂げる。そしてロンドン五輪を前に思わぬ悲劇が襲った。最大のライバルを突如、失ってしまったのだ。

ライバルの逆襲が始まった
 06年6月末、北島康介は都内にある病院のベッドの上にいた。扁桃腺が腫れて発熱したからだ。本来ならこの日は8月にカナダで開催されるパンパシフィック選手権(以下「パンパシ」)への高地合宿のため、アメリカのフラッグスタッフへ出発する予定だった。
 北島はひとり、茫然とする思いに包まれていた。
 五輪の中間年に開催されるパンパシだが、この年はいつもとは意味が違っていた。翌年の世界選手権は南半球のオーストラリア開催のため、3月に行われる。4月の日本選手権で、世界大会決勝進出を目安に決められた「派遣標準I」のタイムを突破した選手は代表に内定したが、それ以外の者はパンパシで再挑戦しなければいけなかった。
 04年のアテネ五輪後、たまっていたストレスが一気に吹き出して虚脱感に襲われた北島は、翌シーズンへ向けての始動を遅らせざるをえなかった。
 その準備不足の影響もあった05年は、世界選手権も50メートルと100メートルしか代表になれなかった。本番では意地を見せて2種目とも日本記録で泳いだが、順位は3位と2位にとどまっていた。
 そして06年は、冬期練習中の肘や膝の故障の影響に苦しむことになった。日本選手権の200メートルは4位に沈む屈辱の結果に。唯一勝った100メートルも、派遣標準Iに0秒01届かない1分00秒71。北島はパンパシで結果を出さなければ、翌年の世界選手権には出場できない状況に追い込まれていた。
 それなのに襲いかかってきたアクシデント。北島はパンパシ欠場も考えた。
「どう考えても間に合わないと思った。病院にいると『やるぞ!』という気持ちにもなれないし・・・。どんな試合で負けるよりもどかしさを感じ、水泳を始めてから、いちばん落ち込んだ時期です」
 と振り返る。
 何とか練習ができるようになったのは大会1カ月前。高地合宿に参加することを断念した北島は、国内でひとり調整し始めた。
 そんな状況の中、ライバルのブレンダン・ハンセン(アメリカ)が100メートル59秒13、200メートル2分08秒74という世界記録を出したニュースが飛び込んできた。05年世界選手権で、アテネの雪辱を果たす2冠を獲得した彼は、さらなる進化を遂げていたのだ。
 あまりにも自分の現状とは大きく異なるライバルの快挙。「今の自分は相手のタイムを意識するレベルではない」と自分に言い聞かせた北島は、泳ぎを取り戻すことだけに集中しようとした。
 こうして迎えたパンパシ当日。最初の100メートルで日本人トップの3位になって世界選手権代表を決めた北島だが、本調子には見えなかったハンセンとの差は1秒もあった。
 2日後の200メートルはさらに衝撃的な敗戦だった。予選のハンセンの動きを見て「もしかしたらいい勝負ができるかもしれない」と久しぶりに燃えて150メートルまでは食い下がったが、ラスト50メートルで一気に差を広げられる完敗。ハンセンは2週間前に出した世界記録を塗り替える2分08秒50だったのに対し、2位の北島は2分10秒87と、その差は歴然としていた。
 だが北島の表情は明るかった。
「隣のレーンで泳いで彼との力の差を肌で感じられたし、2分08秒台がどんなものかもわかった。あのレベルまでいかなければ五輪では勝てないという刺激をもらいました」
 と話した。
 アテネ五輪後、なかなか盛り上がらない自分の気持ちにモヤモヤしていた北島だったが、この完敗で一気に、彼の闘志に火がついた。

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