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記事全文を読む→「ゴジラ-0.0」同じ観客が「絶賛と酷評」を同時に口にする「おかしなねじれ評価」の正体
「やってくれたな、山崎貴」
11月3日に公開された「ゴジラ-0.0」の初日、こんな感想が次々に投稿された。厄介なのは、同じ言葉が絶賛にも酷評にも使われていることだ。前作「ゴジラ-1.0」で米アカデミー賞視覚効果賞を受けた山崎貴監督が再び監督・脚本・VFXを務めた続編は、公開直後からひとつの評価に収まらない作品として受け止められている。
評価の分かれ目ははっきりしている。邦画初の「Filmed For IMAX」作品として撮られた映像、怪獣描写の迫力、音響には高い評価が寄せられ、絶望感は前作以上という声がある。
一方で人間ドラマには、終盤に要素を詰め込みすぎて展開に無理がある、ラストに戸惑ったという指摘が。
面白いのは、この2つが別々の観客から出ているとは限らないことだ。怪獣の場面に興奮した人が、物語の着地には首をかしげている。ある観客は「加点方式だと100億点だけど、減点方式だとマイナス100億点」と書いた。短所と長所がどちらも極端に大きく、単純な点数では評価しきれない、という意味だろう。
こうしたねじれが起きるのは、見逃せない長所と、見過ごせない短所が同居しているからだ。映像への評価が高いからといって、登場人物の行動や展開の運びまで納得できるとは限らない。逆に脚本への不満だけで、劇場で味わった興奮まで帳消しにするのは難しい。褒めるかけなすかの二択では、感想がまとまらないのである。
評価をさらに複雑にしているのが「反戦・反核」の描写だ。ドラマ部分には厳しい評価を下し、人には勧めないとした観客さえ、罪のない人々の死を悲劇として直視させる姿勢には、強い意義を認めている。脚本の出来への不満と、作品が突きつけるものの重さは別々なのだ。
先にニューヨークで上映されたことの意義
被害に遭う人々の痛みや恐怖まで描くことに目をそらさない覚悟を感じた、という反応がある。迫力を楽しんでいた観客も、その破壊の中で失われる命を意識させられる。怪獣の強さを見せる描写が、そのまま人間の弱さを突きつけることにもなるのだ。
日本より先にニューヨークで上映されたことにネタバレの不満を抱いていた観客は、鑑賞後の態度が変わった。「あるシーン」では、原爆を投下した国の人々にこそ、この映画を先に見せる意味があったと感じたという。怪獣映画として受け取っていた観客が、戦争の記憶に直面させられる場面でもある。
前作の成功が、続編への期待を押し上げている面はあるはずだ。それでも今回の反応で気になるのは、作品を褒める人と批判する人の間に、共通して強く評価する部分があることだ。「やってくれたな」の意味が人によって、ときには同じ人の中でも入れ替わるのは、一本の物差しでは測りきれない映画だからである。
(ケン高田)
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